ピアノってなんかずるくない!?と思うんですよね。
僕はギターと金管楽器(ホルン&トロンボーン)を弾いたことがあるんですけど、ギターは左手でフレット押さえながら、右手で弦をはじきます。金管楽器は唇で音程を調整しつつ、肺で息を入れるんです。どっちも1つの音を鳴らすのに2つのことを同時にやらなきゃいけない。一方で、ピアノは鍵盤叩くだけ。これって簡単じゃないですか?
もちろん「ピアノ演奏なんて簡単」とは全く思ってません。だってピアノの曲ってめちゃくちゃ音が多いから。
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↑おなじみ、ショパンの幻想即興曲をお聴きください。
そりゃ難しいよ。全然弾ける気がしない。でもこれって、単音を出すのが簡単だからこそ、こんな複雑な曲が弾けるんじゃない?ギターでこんな曲、絶対弾けないですよ。でも、ピアノならできる。それって、ちょっとずるくない?と思うわけです。
まあずるいかどうかはさておいても、そう考えるとピアノってかなり特殊な楽器だと思うんです。他の楽器と全然違う。でも、ピアノ習ってる子供って世の中にめちゃくちゃ多いです。うちの近所にピアノ教室が7個くらいあります。「音楽の真ん中にある楽器」みたいな存在感じゃないですか。それって不思議だな、とも思うんです。こんな特異な楽器なのに。
などと、考えれば考えるほど、「ピアノとは何なのか」という気持ちになってきます。この疑問に答えてくれるプロのピアニストはいないかしらと思い探していたところ、知人の伝手でインタビューに応じてくれることになったのがジャズピアニストの田村衆記さんです。
今日は「ピアノとは何なのか」をテーマに、お話を伺いたいと思います。
田村衆記(たむらしゅうき)
ピアニスト、作曲家。1991年東京生まれ。幼少よりピアノを学ぶ。2012年ボストンのBerklee音楽大学へ留学。
Ed Bedner に演奏を師事し、Scott Free の元でスモールコンボやビッグバンドの作編曲を学ぶ。
2014年に同校をジャズ作曲科にて卒業。
帰国後は東京を中心にピアニスト、作編曲家として活動を続けている。駒込でブラックベリー音楽教室を運営。
ライブスケジュール等は公式サイトにて。→田村衆記 Website/スケジュール
導入:歯科トラブルと闘いながらバークリーを卒業
石川(筆者):田村さんがピアノを始めたのは何歳からですか?
田村:5歳くらいです。普通のヤマハの教室で、母が習いに行くというので一緒に始めたんです。そこで小6まで習っていました。
石川:ジャズピアノをやり始めたのは?
田村:高校に入ってから、個人で教えている先生について教わりました。
石川:そして高校卒業後はバークリー(※)に。
バークリー音楽大学……「主にジャズおよび現代アメリカ音楽などの商業音楽全般を専門とする世界最高の音楽大学である」(Wikipediaより)。めっちゃすごい。
田村:洗足音楽大学とバークリーを同じタイミングで受験したんです。ただ入学時期が違うから、バークリーは合格通知が来るのが遅くて。秋期入学までの半年間は洗足音楽大学に行って、それからバークリーに。
石川:海外の大学だとそういうことが起きるんですね。バークリーは4年制なんですか?
田村:標準的にはたぶん4年なんですけど、一学期に取る単位数は増減できるし、基礎的なクラスはテストに受かればスキップできます。そういうのをけっこう使ったから、僕の場合は3年弱くらいですね。
石川:卒業後はすぐ帰国?
田村:そうですね。健康面の不安が……日本で通っていた歯医者さんの治療があまりよくなくて、留学中に悪化してしまったんです。むこうは医療費が高くて治療が受けられないから、被せものが取れたまま一学期過ごしたりして……(笑)
石川:すごいストレス(笑)
田村:歯科で苦労する学生、けっこう多いですよ。
石川:そうなんだ……。で、帰国後はピアニストとして活動されつつ、ピアノのレッスンもされている。何年くらいになります?
田村:だいたい10年ですね。
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田村さんの演奏動画
石川:最初に謝っておきたいんですけど、このインタビューは僕が、なんとなく「ピアノずるいな」って思って……。
田村:(笑)
石川:もっともらしい質問をしつつ、そういう僻みが若干にじんでたら申し訳ないですけど(笑)
最終的には「ピアノってこういう楽器なんだ」って、腑に落ちるところまでいければと思っています。
ピアノってどんな楽器?
石川:そもそも、ピアノっていうのは他の楽器と比べるとどういう特徴がありますか?
田村:一口に特徴といっても、ピアノそのものの特徴なのか、鍵盤楽器の特徴なのか、で答えが変わってくるんです。
石川: あ、さっそく盲点でした。
音をいっぺんに出せるのが鍵盤楽器
田村:鍵盤の話からいきましょうか。鍵盤はピアノ以前からありまして、紀元前にできたオルガンがスタートみたいなんです。今の形の鍵盤になったのがいつかはわからないけど、中世の絵画を見てもかなり今の鍵盤に近いものが描かれてます。黒鍵の数とかは少し違う気がするけど。
↑中世に人気のあったポルタティフ・オルガン
石川:ふいごが描いてありますね。空気で鳴ってるんだ。この持ち方だと、今のピアノみたいに速い演奏ってできなそうですよね。
田村:そうですね。当時の音楽だと、する必要があんまりなかったんじゃないかな。
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↑ふいご式のオルガン
田村:特徴をひとつずつ言っていきますね。鍵盤楽器の特徴のひとつは、「音がいっぺんに出せる」。
石川:和音?
田村:そうですね。和音、ないしはメロディー2つとか。それを1人で演奏できる。
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↑右手と左手で独立したメロディーを弾いている例。バッハのインベンション
石川:はいはいはいはい。2つのメロディが同時に。
田村:2つとか3つとか、同時に鳴らせるのが特徴です。
石川:なるほど。
田村:それと、「ピッチ(音の高さ)が固定されてる」。金管楽器は唇でピッチ変えられますよね。ギターでも、動かせます。
石川:チョーキング(※)とか。
※チョーキング……弦を押し上げたりして音程を変える奏法
田村:ピアノでそういうのは全く聞かないですよね。
石川:同じ「ド」でも、ちょっと高くしたり低くしたい。っていうのが、ピアノはできないんだ。
田村:そうです。
ピアノはメカニカル
田村:次にピアノ独自の特徴なんですけど、まず「メカニカルな楽器」だなってのは、思います。
石川:メカニカルっていうのは?
田村:機械的に複雑なんです。
石川:あ、それは僕も思ったんです。ギターは指なりピックなりで弦をはじくし、金管楽器も直接唇を震わせて鳴らす(※)じゃないですか。
※直接唇を震わせて鳴らす……唇を震わせたブーっていう音を管の中で共鳴させるのがラッパの発音原理。笛みたいなリードが入ってるわけではないんです。
石川:それと比べるとピアノは間接的っていうか。鍵盤を弾く動作を、カラクリでハンマーの動きに変換して、弦を叩いてますよね。
田村:そうですね。ものすごく複雑な仕組みかというとそうでもないけど…
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↑ピアノのハンマーが弦を叩く仕組み(グランドピアノの場合)
石川:ものすごく複雑ですね(笑)。それって演奏に影響しますか?
田村:うーん、音色の幅広さに現れますかね。やってることは、①ハンマーで弦を叩く、②ダンパーでそれを止める、なんです。だけど、その効かせ方……ハンマーで叩くスピードとかダンパーのタイミングによって、音色やニュアンスがかなり変わるんです。
石川:音色が変わる。
田村:変わります。だから打楽器的な演奏もできるし、弦っぽい音も鳴らせるし、幅広いですね。演奏するときにも「ここはストリングスっぽい感じで」とか、「サックスセクションがブワーって吹いてるみたいな感じで」みたいな、他の楽器のイメージを借りて弾くことはよくあるんです。他の楽器の奏者はそういうことあんまりやんないみたいですね。
石川:なんというか、乗り移るというか。
田村:他の楽器を真似するイメージですかね。
音の出だしが勝負
田村:あとは「減衰楽器である」ということ。
石川:減衰楽器という言葉は初めて聴きました。
田村:一回出した音に対して、それ以上アプローチできないんです。あとはもう音がすぼんでいくだけ。
石川:あー。
田村:…ゥワーン!みたいな感じで途中で大きくしたりはできない。同じ弦楽器でもバイオリンとかは弓で弾いてるから後からおっきくしたりできるんだけど、ピアノの音のコントロールは音の最初の出し方で全部決まってきますね。
石川:ロングトーン(※)という概念がない?
※ロングトーン……パーーーーーーーー、みたいな長い持続音
田村:全く減衰しないロングトーンはピアノでは不可能ですね。次に、「音域(※)の広さ」です。オーケストラの全楽器の音域をカバーしてます。
※楽器が出せる最低音から最高音までの範囲
石川:そうなんだ!
田村:ここまで広い楽器はないですね。次点でハープかな。
昔、初めてアレンジング(編曲)の勉強した時にびっくりしたんです。「他の楽器ってこんなに限られた音域で演奏してたんだ!」って。
石川:ずっとピアノを弾いてたから(笑)。ピアノの最低音とか最高音とかって演奏で使うことあるんですか?
田村:僕は最高音を弾くこと結構あります。なんなら足りない時とかあるし。アドリブでオクターブでジャン、ジャンって上がっていって、もう先なかった!みたいな。
最低音は音がどうしてもアンクリアになるから。あんまり使わないですね。
石川:そうなんですね。
田村:音としてはね。でも、共鳴弦(※)としての役割もあるから、必要なんです。
※共鳴弦……弦楽器の弦のうち、直接打って鳴らすのではなく、他の弦の振動によって共鳴する弦のこと(Wikipediaより)。ちなみにピアノの弦に共鳴弦としての役割を持たせるかどうかは、メーカーによって考え方に違いがあるそうです。(参考URL)
石川:そうか、そういう役割もあるんだ…!
田村:最後に、「ペダルの存在」もピアノの特徴に入れていいんじゃないかなと。
石川:ペダルって何に使うんですか?
田村:いくつかあって、まず右の足元に、音を延ばすためのサスティンペダル……
石川:延ばすっていうのは?
田村:鍵盤を離したときにダンパーっていう部品が弦を止めるんですけど、踏むとそのダンパーが下りなくなります。
石川:そういう仕組みか。
田村:そして左足側にはソフトペダル。弦のハンマーが当たる位置がちょっと変わって、普通だと3本の弦に当たるハンマーが、2本だけに当たるようになります。そのため音量が小さくなるのと、ハンマーの普段当たらない場所に弦が当たるので、音色も柔らかくなります。
石川:はいはい
田村:あとは真ん中にもう一つペダルがついている場合があります。この部屋のピアノは、音が出なくなるミュート用のペダルがついています。グランドピアノに真ん中のペダルがある場合は、ソステヌートペダルというサスティンペダルに似た機能のペダルであることがほとんどです。あまり使わないですが。
石川:なるほど、ピアノがどんな楽器かなんとなくわかりました。

ピアノってずるくないですか!?
石川:じゃあ核心いきます。今のピアノの特徴の話には出てこなかったんですけども、僕が思ってるのは、ピアノって1音鳴らすコストがすごい少ないなってことなんです。
ギターだったら、フレット押さえながら弦弾かなきゃいけないし、金管楽器も息入れながら口の形整えて、って。でも、ピアノってキーを1個押すだけだから。楽じゃない?って(笑)
田村:(笑)。それはね、イエスであり、ノーでもあります。
石川:おお!じゃあイエスの部分から聞いてもいいですか。
田村:音出すだけでいいんだったら、低コストでいけますよ。ボタンのように鍵盤を押すだけだから。
石川:やっぱりね!ありがとうございます。満足しました。じゃあノーの部分をじっくり教えてください(笑)
自然にニュアンスがつかない楽器
田村:鍵盤押せば音は出ますけど、音色なども加味するとそれだけじゃないんです。例えば金管楽器だったら、そのブレス(息づかい)や、リップ(唇の形)で自然に得られる発音ってありますよね。ピアノは息っていう媒介を通してないから、それが得られないんです。それを指や手首、腕などで代替してかなきゃいけない。
石川:はー!
田村:だから、ある意味、高コストともいえるんです。他の楽器は自然にできることを、ピアノは意識してやらなきゃいけないから。
石川:あー、わかった。やばい、ピアノ難しいぞ(笑)
田村:たとえばジャズのインプロビゼーション(即興演奏)に慣れていないピアニストは、弾きすぎてしまって演奏が音楽的でなくなってしまうことが多いです。それはなぜかっていうと、ブレス(息継ぎ)がないから。管楽器ならブレスで自動的にひと呼吸置けるところを、ピアニストは意識的にブレスのタイミングを取って置いていかなきゃいけないんです。
石川:なるほど。
田村:弦楽器もボウイング(弓で弾くこと)で自然にフレージングのニュアンスが得られますよね。でもピアノは自分で意識的につけていかなきゃいけない。さっき言った、「他の楽器のイメージを借りてやる」っていうのもそのための手法なんだと思います。自然にニュアンスが得られないから。
石川:それって、ピアノがメカニカルであることが裏目に出てませんか?機械が間に挟まるよりも、直接こう、指で弦を叩いた方が自然なニュアンスが出そうな気がします。
田村:うーん、それは逆かもしれません。音色ってハンマーのスピードで変わってくるんです。でも、指の動きだけでは十分に速度をつけられない。そこで、ハンマーをてこで動かすことで、指が鍵盤を動かす速さ以上のスピードで弦にアタックできる。だからメカニカルであることは表現力を高めていると思いますよ。
石川:あーそうか。指で鍵盤を早く/遅く叩くスピードが、機械を噛ますことで増幅されるっていう。
田村:そうですね。差が増幅されて反映されます。それによって、落ち着いた感じの音も出せるし、ピンとした感じの音も出せるし。だから指で弾くためにはメカニカルにするしかなかったんじゃないかな。他の楽器だって、もっと大きなパーツ使ってるものもありますよね。
石川:確かに、バチで太鼓叩くのだって、腕の動きを増幅してる側面がありますよね。
鍵盤を「離す」
石川:鍵盤を弾くうえで意識していることは、スピード以外にもあるんですか?
田村:リリースですね。離すタイミング。次の音との間がどのくらい開くのか、あるいはちょっと重ねるのか。トランペットっぽいパリっとした感じにしたいときは間あけるし、重ねると弦っぽいつながった感じになります。
石川:押すだけじゃなくて「離す」があったか…!じゃあさっきの「低コストでは?」への回答としては、ギターみたいに一音出すのに両手が必要なわけではないけど、逆に指1本のなかでいろんなことを同時にやっていかないといけないから、それ相応にコストがある?
田村:そうですね。ピアニスト目線でいうと、他の楽器のほうこそコスト高いことやってるように見えて、実はそれによってすんなりニュアンスが出てるから逆にコスト低いんじゃない?みたいな(笑)
石川:逆に。
田村:さらに、一音じゃなくて曲の演奏の話まで広げると、純粋に仕事量は多いですよ。メロディー2つ弾いたりとか、一人で何パートもやったり。
石川:それはそうですよね。ピアノの曲って明らかに複雑な曲が多いように思います。
田村:単に音をたくさん鳴らすから大変っていう話じゃないんです。複数鳴らすとバランスを考えなきゃいけない。例えば同じ和音を鳴らすにしても、トップ(※)弱くするとか、ボトム(※)強くするとか。そういう仕事量の多さがあります。
※トップ/ボトム……和音の中のいちばん高い音といちばん低い音
石川:わー。ははは。もう、完全に論破されました。ピアノ、大変!でも、ここからさらに大人げなく食い下がろうと思うんですけど(笑)
ピアノを習い始めたてとか1年とかの初級者は、そういうニュアンスのコントロールまで頭がいかないわけじゃないですか。その段階だったら、ピアノはやっぱり音を出すのが楽なんじゃないですか?
田村:あると思います。だから教育楽器として人気なんだと思いますよ。
石川:だからみんなピアノ習うのか!なるほどね~。
ピアノの曲の独得さ
石川:さっきちょっと言いましたけど、ピアノの曲ってめちゃくちゃ音が多いじゃないですか。それって楽器としてのピアノのすごい独特なところだなと思って。このまえ子供のピアノの発表会に行ってこの曲を聴いたんですけど、装飾音とかすごく多くて。
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↑モーツァルトのきらきら星変奏曲
石川:こんなに音要る!?やりすぎじゃない!?と思ったんです。モーツアルトにケチ付けるお前は誰なんだよって感じですけど(笑)
これはいったい何をしてるのか、何を表現してるのかっていう疑問があるんです。
田村:はいはいはい。装飾音に関していうと、さっきのピアノのできないことに関わってくると思います。
一度出した音を途中で変えられないから、トリル(※)でビブラート(※)みたいな効果を出したりとか。(ピアノを弾く)「ドレドレドレ」みたいな。
※トリル……ある音と隣の音を素早く交互に弾くこと
※ビブラート……音程を揺らして音に表情をつける表現
田村:ピアノでできないことを疑似的に表現している側面があるんじゃないかな。あとは、フレーズやメロディーの合間で演奏される、流れるようなパッセージ、例えばショパンの曲で、メロディーの合間に使われるような細かい音とか...。こういう要素が多いのも音が多くなる要因ですね。
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↑ショパンのパッセージの例。1:31 や 2:39 などに出てくる細かい音。
田村:あと、やっぱり一音のインパクトでは他の楽器に叶わないと思うんですよ、ピアノって。そうなってくると、やっぱりいっぱい音出していくしかないのかなって。
石川:例えばトランペットで単音でパーン!って吹いた時の華やかさってあるじゃないですか。ああいうインパクトに比べると、1音 vs 1音だとかなわない、みたいな?
田村:そうです。どうしても横の流れになりますよね。
石川:複数の音で、時間軸を使って表現していくっていう。
田村:そうです。
石川:いまお話を聞いてて思ったんですけど、メロディと伴奏と装飾音とパッセージと……っていろんな要素が積み重なって音が多くなってるってことですよね?僕がきらきら星変奏曲を聴いたのは中学生以くらいの子たちの発表会だったので、単に技術的にいろんな要素の弾き分けができてなくて、ひと塊に聞こえちゃってたから、余計に「多いな」って思ったのかもしれないです。
田村:音のバランスの取り方が悪かったりすると、うるさく聞こえちゃうこともありますね。
石川:そこは演奏技術か。
田村:うん、それはあると思います。
ピアノの苦手なこと・得意なこと
石川:ピアノの苦手な表現ってあるんですか?
田村:ピッチが固定されてる楽器なんで、中間の音は絶対に出ないですね。けっこう欲しいタイミングはあるんですけど。
石川:そんなのあるんだ。
田村:ジャズとかブルースでよく使われるブルーノートっていう音が、本当はこの(ピアノを弾く)半音の中間あたりの音なんです。微分音っていうんですけど。
石川:ピアノはその音の弦がないから出せない。
田村:はい。ニューオーリンズって映画で、クラシックのピアニストと、ルイ・アームストロングっていうトランペット奏者がセッションするシーンがあるんです。
ルイ・アームストロングはジャズミュージシャンだから、当然のようにブルーノートを使うんですね。そしたらそのクラシックの人が「フラットとナチュラルの間の音を吹いてる」って言うシーンがあって。
石川:(笑)
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↑映画の該当シーン
田村:基本的には近い音で代用するのですが、僕が演奏するときは、かわりにこうやって(隣の鍵盤を同時に弾く)弾くこともあります。
石川:へー!それで疑似的に近い響きを得られるんですか?
田村:音が二つ鳴ってる感はありますが、代替としてはありだと思います。やっぱり、できないこともできることで表現していくしかないですから。さっきのトリルでビブラートを表現するのもそうですけど。
チョーキングとかも本当はできないけど、こうやって(半音隣の鍵盤を同時に弾いて、下を先に離す)
石川:あー、近い。聴こえる!
田村:あと減衰しないロングトーンね。一つの音の中でクレッシェンド(※)したり、急にデクレッシェンド(※)したりはできない。けどこれもトレモロ(※)で疑似的に表現できます(オクターブ離れた音を素早く交互に弾く)
※クレッシェンド……だんだん強くする、デクレッシェンド……だんだん弱くする
※トレモロ……同じ音または2つ以上の音を素早く反復・連打する奏法。
田村:あと特殊奏法がないところかな。他の楽器は魅力的な特殊奏法が多いんですよね。
ベースのスラップ(※)とか。スラップはいろんな楽器でありますよね。リード楽器でもあるし。
※スラップ……弦を親指で叩いて弾く奏法。
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↑スラップベース
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↑リード楽器のスラップは例えばこういうの。
石川:サックスにもスラップあるんだ。
田村:そういう特殊奏法系は、ピアノには全然ないです。中には弦をミュートしちゃう人とかもいるんだけど、一般的ではないかな。
石川:弦になんか挟むのありますよね。
田村:プリペアードピアノですね。あれは変わった音が出せる代わりに、普通の音が出せなくなっちゃいますからね。
ピアノの和音は拘束力が強い
石川:逆に得意なのは?
田村:やっぱり和音ですね。同じ伴奏楽器でも、ギターじゃできない和音ができます。
石川:ギターじゃできないというと?
田村:ギターはやっぱり運指の都合上、上から下まで余分な音なく整列した和音は弾けない場合がありますよね(きれいな和音を鳴らす)。だから、ピアノの和音は拘束力が強いんです。
石川:拘束力?
田村:よりくっきり聴こえるんですね。だからギターのふわっとした和音の方が好まれる場合もありますよ。その理由でピアノを入れずにギターを入れてるジャズバンドもけっこうあります。
石川:それは伴奏でっていうことですか?
田村:そうです。そういったバンドもありますが、それでも伴奏楽器としてはピアノは確立されてますね。他の楽器でもすごい技術で和音を演奏する人はいますけど、全く一般的でないです。
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↑超絶技巧で複数の管楽器を同時に吹く、ローランド・カーク
石川:それをピアノは超絶技巧とかじゃなくて普通にやっちゃう。
田村:そうです。そうやって複数の音を同時に出せることと、音域の広さ。ここにかかってますね。
石川:他の楽器に比べて、ソロ演奏用の曲ってピアノ用の曲が圧倒的に多いと思うんです。それはやっぱりこういう特徴があるからでしょうか。
田村:そうだと思います。ひとりでも完結できるのはピアノのいいところですね。
ピアノは西洋音楽の中心?
石川:ピアノは西洋音楽の中心っていうか、標準?みたいなポジションだと感じることがあるんです。どう思われます?
田村:「中心」の解釈としていくつか考えられると思うんです。4つに分けて話しますね。
ムーブメントの原動力としてのピアノ
田村:まずムーブメント。ピアノを中心に新しい音楽がどんどん生まれているかっていう観点ですね。
これはちょっと微妙かな。僕はジャズミュージシャンなのでジャズの話が中心になっちゃうけど、今はどっちかっていうとリズム面の方が面白くなってる感じするから、ドラムの方がムーブメントの中心って気がします。
石川:そうなんですね。
田村:パッと思いつくのは、クリス・デイヴと石若俊。
田村:じゃあ過去にピアノがムーブメントの中心だった瞬間ってあるのかなって考えてみたんですけど、いくつかあると思います。
クラシックシーンでいうと、ショパンの時期とかは、すごくピアノの世界が発展した時代ですよね。でも音楽全体がピアノ中心っていうよりは、ピアノカルチャーが常にあったように感じます。
石川:というのは?
田村:音楽シーンの中で、ピアノはピアノとして発展している、みたいな。
石川:ああ、なるほど。ピアノがすべてを支配してる、みたいな感じではない。
田村:そうだと思います。一方でジャズシーンだと、ピアノがムーブメントの中心になった瞬間っていくつかありました。ハーモニー的に面白いアプローチをしたピアニストが何人かいて、そのコンセプトが他の楽器の人まで浸透してくっていう現象が。
ひとりはビル・エヴァンス。ハーモニーもそうだし、インタラクティブなバンドっていうコンセプトの発明ですね。ピアノ含む3人でお互いに仕掛け、相手の仕掛けに反応しながらアンサンブルする、「インタープレイ」という概念はジャズの世界に広く浸透しました。
田村:二人目はマッコイ・タイナーって、クラシックではストラヴィンスキーなどが使っていた、新しいハーモニーをジャズに持ち込んだ人。
このハーモニー感はすごい流行りました。なんか温度感が冷たいっていうか、人工的な感じ。
田村:もうひとりはセロニアス・モンク。同年代のミュージシャンの演奏と比べるとかなり斬新なハーモニーを使っていて、彼の和声感覚はジャズ界全体に影響を与えました。管楽器とかも、その感覚を踏まえてアドリブするようになったりとか。
田村:ジャズの中で、ピアノ出発でムーブメントが始まって、他の楽器も巻き込んでいったのはこの3人かなと僕は思います。ピアノの中でのムーブメントっていうのは他にもあるんですけどね。
石川:しかし、どれも注目されたポイントはハーモニーなんですね。
田村:エヴァンスについてはインタープレイも含みますが、今あげた三人が注目された点として、新しいハーモニー感覚は共通していますね。やはりそこはピアノが得意とするところなので。
でも、今の段階でハーモニーをこれ以上面白くするのは、たぶん難しいんじゃないかなと思ってます。ピッチが固定されてる中でできることは、これまでにやりきっちゃった。一応補足しておくと、ネガティブハーモニー理論(※)をはじめとした新しいハーモニーのシステムはあるのですが、エヴァンス、マッコイ、モンクのハーモニーのようにそれらが今後ミュージシャン全体に浸透していくことはないんじゃないかと思います。そういう意味では、今はピアノはムーブメントの中心にいないと感じています。
※ネガティブハーモニー理論……Ernst Levyが提唱し、Jacob Collierによって広まったとされる比較的新しい和声理論。
教育楽器のどまんなか、それがピアノ
田村:もう一つの観点は、教育楽器として中心かどうか。これは完全にイエスですね。
石川:やっぱり。
田村:ひとりでメロディーも伴奏も弾けるってのは大きいですね。バンドで集まって吹奏楽とかやるの大変だから。
石川:他の楽器の奏者も、小さい頃はピアノから習い始めてるケースも多いですよね。
田村:そうですね。作曲家もピアノが弾ける人がほとんどだと思います。
石川:僕が「ピアノが西洋音楽の中心になってる」って思ったの、それが理由だと思います。みんなピアノ習ってるから。
田村:あと、子供の体でも弾けるっていうのもあると思いますよ。
石川:そうか。ギターだと抱えなきゃいけないから。
田村:比較的子供でも弾きやすい楽器だと思います。
入力インターフェースの標準としての鍵盤
田村:あともう1つ、中心だなと思ったのは、デジタルの打ち込みのインターフェースとして。
石川:それは本当にそう! シンセサイザーにも鍵盤ついてくるし(※)。僕もDTMやってたので、全然ピアノ弾けないけど、鍵盤持ってます。
※シンセサイザーにも鍵盤……シンセは音を合成するための装置なので鍵盤は本質ではないのですが、ついてることが多い。
田村:ですよね。これは中心といって良いと思います。
石川:これから、鍵盤にとってかわる違うインターフェースって出てくると思います?
田村:打ち込みっていう作業に関して言うと、鍵盤か、その延長しかないんじゃないですかね。リズムの打ち込みはまた別のがありますけど。
石川:最近のシンセサイザーの新しいの見てると、コードシンセっていうか、単音を組み合わせるんじゃなくてコードを直に出すのが増えてる気がします。
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↑Nopiaっていう開発中のコードシンセ。欲しい。
田村:ありますね。でも音の並びまでは詳細に選べなかったりしますよね。あくまで簡易的な、ガレージバンド(※)のそういう機能を使って作曲する、みたいな感じに近いのかなと思います。
※ガレージバンド……ビギナー向け作曲ソフト。
石川:そうかも。おもちゃ的な感覚というか。
田村:入力インターフェースとしての鍵盤はもう大前提っていうか、みんなが「できるでしょ」って感じですよね(笑)。パソコンのキーボードもみんなあの配列で納得しちゃってるじゃないですか。あれと同じ。
石川:ですね。僕は鍵盤弾けないけど、だからといって鍵盤以外の機器渡されてももっと困るっていうか。
田村:あまりにも浸透しすぎちゃってるから。使う人の学習コストを乗り越えて鍵盤以上に普及できる機器が出てくるかっていうと、ちょっと想像できないな。
石川:もっと機能的な新しいのができました!バーン!って出てきても、誰もそれを弾けないから、あえてそれのために覚え直す人が何人いるのかっていうと。
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↑たとえばクロマトーンキーボードというのがずいぶん昔からあるのですが普及する気配がない
田村:それ考えると、もうこの鍵盤でいいんだろうなと思いますね。
石川:つまみとかフェーダーとかで補えるところは補って、という感じで。
インタビュー本編は以上です。個人的に印象に残った点をまとめると…
- 最大の強みは複数の音を出せること&音域の広さ
- ピアノは減衰楽器。音の出だしが命
- そのことがピアノ曲の音の多さにも影響している
- ピアノは音を出すだけなら簡単だけど、表現上やるべきことが多いので楽ではない
- メカニカルな構造は表現の幅を広げている
- 教育用楽器としてはやっぱり音楽の中心
このあたりでしょうか。
いやー、面白かった。個人的にはめちゃくちゃ腑に落ちたお話でした。今までモヤッとしていた「ピアノって何なの?」という疑問に明確なアンサーが得られたのにくわえ、機械好きとしては、演奏技術と構造(メカニカル)の密接な関わりが知れたのもたまらなかったです。
そして何より「ピアノはずるいのでは?」という疑問。プロに理路整然と論破されていくのは快感以外の何物でもありませんでした。これだからインタビューはやめられないですね!田村さん、どうもありがとうございました!!
このあとはおまけとして、インタビュー本編の流れからはみ出たショートピースを2つ紹介しておしまいにしようと思います。
おまけ:本編からはみ出た雑談
ピアノの誕生
石川:ピアノって、どういう必要性のもとで生まれたんですか?
田村:ピアノの祖先としてチェンバロっていう楽器がまずあって、チェンバロは音量のコントロールができないんです。弦をひっかいて音を出すから、音もそんなに大きくない。
石川:それをもうちょっと機能的にした?
田村:そうですね。さっき言ったように鍵盤の弾き方を反映してハンマーが弦を叩く速さを変えて、強さや音色をコントロールできるようにしたのがピアノです。ピアノ(※)からフォルテ(※)まで。
※ピアノ/フォルテ……弱い音、強い音を表す演奏記号
石川:あ、そうか。ピアノのフルネームはピアノフォルテだって聞いたことあります。じゃあ鍵盤自体はどう生まれたんですか?
田村:今の鍵盤の並びが完成したタイミングについては、正直僕も良くわからなくて。ただ、最初に見た中世のオルガンの絵の黒鍵が足りなかったことをから推測すると、まずは規則正しくその段階で必要な音を平らに並べて、白鍵に相当する部分ができた。
石川:白鍵、はい。
田村:そのうち演奏に必要な音が増えるたびに、新しい鍵盤をその奥に配置して、黒鍵に相当する部分が徐々にできていく……、という感じで、必然的に今の形になったのではないでしょうか。あくまで僕の予想ですが。
石川:なるほど。時期の話をすると、バッハの時代とかってピアノはもうあるんでしたっけ?
田村:ちょうど同じくらいの時期の発明です。ただバッハ自身はそんなにピアノに関心がなかったみたいですね。彼が好んだのはオルガンとチェンバロですね。
たか沢:ピアノができてまだ300年くらい?意外と短い。(※たか沢さんは筆者の知人で田村さんのレッスン生。今回、田村さんを紹介してくれた)
石川:ほんとだ。なんかもう1000年くらいあるイメージでいました。
ピアノ以外の打弦楽器
石川:ピアノって打弦楽器ですけど、他に打弦楽器って全然浸透してないじゃないですか。僕はジプシー音楽が好きでよく聴くんですけど、ツィンバロンっていうバチで弦を叩く楽器が出てくるんです。
田村:ダルシマーと近い楽器ですね。あれは2本のハンマーでたたくじゃないですか。そうするとシングルトーンの楽器に近いんです。要はピアノみたいにたくさん和音を出せるわけじゃないんです。
石川:あ!なるほど!
田村:そう考えると、ピアノと比較するよりは、他のフロント楽器……トランペットとかの方が比較対象として近いのかも。
石川:確かに。
田村:そういう楽器と比べたときになぜ使われてないかっていうと、ブレンドがあまり良くないからだと思います。
石川:ブレンド?
田村:他の楽器とセッションした時に、音色的にユニークすぎて浮いちゃうとか、あとは音量のバランスがとりづらいとか。
だから逆に打ち込みとかでちょっと面白い音としてダルシマー使うことはありますね。
石川:確かに。GM(※)にダルシマーの音入ってますもんね。
※General MIDI……昔からある打ち込み音源の規格。128個の楽器の音色が含まれていて、16番がダルシマー。
以上です。こんな感じで音楽の話をプロに聞くシリーズはたまにやっていきたいなと思ってます。またそのうち。
田村さんからのお知らせ
都内を中心に演奏活動しています。良かったらスケジュールをチェックしてください!(田村)
shukitamura.com
筆者より
①今後ぼんやりやりたいなと思っていること
・ボカロカルチャー入門(取材済みなのでそのうち)
・シンセサイザーって何??
・ヴェイパーウェイヴって何だったの?
・過去記事ですがティンパニの記事もあります
②こういう素人視点の音楽関連記事執筆のお仕事ありましたらご連絡ください
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告知
技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)、今年も開催です!
素人が作った「自称ロボット」を無理やり戦わせ、その動かなさ・おぼつかなさを慈しむイベント。技術ある者が恥じ、不器用な者が称えられる反重力空間です。
大会は6/29(日)。観覧チケット発売中!
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