※2017/01/04にfabcrossに寄稿・掲載したものを、サイトクローズにあたり転載します。かなり古いので情報としてはあまり価値がありません。でもいい話なので物語としてお読みください。(オリジナル版タイトル「初めてのKickstarterで初めての3Dプリンタを手に入れました ~1万円以下、激安3Dプリンタのその後」)

もともと3Dプリンタにはそんなに興味がなかったし、ましてや家に置こうなんて全然考えてもなかった。
fabcrossで『約1万円と廉価なデルタ型3Dプリンタ「101Hero」』の記事を見つけたときも、やっぱり興味がなくてすぐにページを閉じたのだ。……でも数日後、たまたま、なんだか急に散財したい気分の日がやってきた。
そして半年後、3Dプリンタを手に入れてバラ色の3D生活を送るまでの体験記です。
初めてのクラウドファンディング
101Heroは「世界一お手頃な3Dプリンタ」を歌うKickstarterのプロジェクトで、79ドル出資するとデルタ型の3Dプリンタが1台もらえる。
何を隠そう、これは僕の初めての出資であった。クラウドファンディングといえば、上級者ほど「商品は届かないと思え、店じゃないんだぞ」と語るサービスである。思いっきりビビりながら、もう最初から勉強料のつもりで、約8700円の出資を決めた。どうせそこまで欲しくなかった3Dプリンタである。あまり期待しないほうが、あとあとの精神的ダメージも少ない。
なんて言いつつも、僕はその日からプロジェクトページのコメント欄をマメにチェックするようになった。最初はみんなが応援のメッセージを寄せる平和な場所だった。しかし途中でプロジェクトメンバーの素性を不審がるユーザーが現れ、その日を境にコメント欄が荒れ始める。
ユーザーA「おまえらの身元が信用できないからLinkedinのアカウント公開しろ!」
メンバー「中国在住なんだからそんなもんアクセスできねえよ」
ユーザーA「Linkedin使ってないの?おまえらただの学生だろ!」
メンバー「プロダクト作るのにLinkedinのアカウント役に立つんか?転職活動じゃねえんだぞ」
ユーザーA「じゃあ今度北京行くから顔見せろ」
メンバー「いいよ、いつがいいんだよ」
ユーザーA「やっぱ忙しいから香港来い」
メンバー「いくわけねえだろアホ。お前ちゃんと製品できたら謝れよ」
ユーザーA「はいすいませんでしたー、隠しておきたい身元情報要求してすいませんでしたー」
全盛期の2ch顔負けのあおり合いが何日も続いた。クラウドファンディングは修羅の道、と心得ずにはいられない日々であった。

沈黙するメンバー、はかどる進捗
そんなあおり合いをよそに格安3Dプリンタには多くの出資が集まり、目標額の20倍(!)の資金を集め、募集期間は終了した。この時点で僕の出資は確定し、口座から8700円が引き落とされる。もう後戻りはできない。
するとどうだろう、資金調達中はあれほどマメにコメント欄で出資者とやりとりしていたプロジェクトメンバーが、一切の発言をしなくなってしまったのだ。募集期間終了直後に進捗アップデートが一度更新されたのを最後に、コメントのレスを含め、なんの音沙汰もないまま2週間以上が経過……。
「だまされた!!」
あまりに露骨な急変に、そう思わずにはいられなかった。これがうわさに聞く詐欺プロジェクトか。だますにしてももうちょっと頑張ってるふりして、引っ張ってくれてもいいだろうよ。夢を見せてくれてもよかっただろうよ……。
しかし、そんな矢先のことである。

なんかできてきてる!!!!!!!
20日ぶりの進捗アップデート。ちなみに写真はエクストルーダ(フィラメントが出てくるところ)周辺パーツの金型。このプロジェクトは死んでなかったのだ。わずか20日ぶりなのに、家出した息子が10年ぶりに生きて帰ってきたような気持ちで、思わず歓喜のよだれが出た。
クラウドファンディング=多幸すぎる通販サイト
その後も月1ペースで進捗報告はきっちり行われ、量産は順調に進んでいるようだった。反面で問い合わせに対しては塩対応(というより無味)で、相変わらずプロジェクトメンバーによるレスはなかった。それでも僕はなんだかワクワクしてしまって、毎日コメント欄をチェックしていた。
ちょっと話がそれるが、ここで、みなさんのネットでの普段の買い物を思い出してほしい。Amazonで何か購入するとき、テンションが最も高まる瞬間はいつだろう?それは注文ボタンを押す瞬間じゃないだろうか。「よし、注文だ!」っていうあの瞬間の高まり。しかしそのあと冷めるのは思いのほか早くて、家に商品が届いた瞬間には早くもテンションが1段階下がっている。
で、想像してみてほしい。あの注文ボタンを押す瞬間の高揚感、もし、あれが数カ月続く通販サイトがあったら最高じゃないだろうか? いいですか、みなさん。それ、あるんですよ。それがクラウドファンディングなんです。通販は届いてしまえば終わり。こちらは届かないかわりに、アップデートやコメント欄をチェックするたびにワクワクすることができる。1万円以下の出資でそれが数カ月続くのだ。なんてリーズナブルな麻薬!

出荷
そんな高ぶった気分のまま季節は過ぎ、10月になった。製品の出荷予定月である。クラウドファンディングにおいては大抵のプロジェクトは出荷が遅れると聞いているが、101Heroは……
なんと、完成した。

10月末には「いまから出荷するよー」というアップデートがあり、さらに待つこと2カ月弱。コメント欄に続々と到着報告が上がり始めた!!
……この流れ、これにてハッピーエンド、と思うだろう。いやいや、それは油断というものだ。いち早く手に入れた出資者からは初期不良や組み立て中の破損の苦情コメントが殺到。そして相変わらずプロジェクトメンバーは沈黙を守っていて、それがさらに出資者の怒りに油を注ぐ。詐欺疑惑に続き、あらたな地獄絵図が現れた。
地獄ではしゃぐ人たち
そんな地獄絵図の中でも、血の池の水をかけ合いながらはしゃぎまわる者たちがいた。トラブルになると途端に目を輝かせるタイプの、海外ギークたちである。
初期不良や組み立て時の破損の大半は、ステッピングモータのギア欠けだった。彼らはすぐさま壊れたモータを分解し原因を突き止め、代替できるモーターを探し、それが見つからないとわかるやギアの3Dモデルを起こし始めた。Facebook上には情報交換用グループができた。公式の組み立て手順の難点も指摘され、よりモーターに負荷のかからない手順がまとめられた。恐ろしいスピード感で、「コミュニティの力」というものを思い知った1週間であった(そう、ここまでわずか1週間の話だ)。

いよいよ手元に
そして、12月なかば。僕の手元にも、101Heroがやってきた。

「来ちゃった♥」
正直、初期不良が不安すぎて「このまま来なければいいのに」くらいに思っていたのだが、来てしまった。もう向き合うしかない。現実と!

部品一式。カラーは緑を選んだのにバッチリ青が届いた。

SDカードのコネクタが風にそよぐススキのごとく曲がっていたが、こういうのを初期不良にカウントするとキリがなさそうなので無言でペンチで直す。

これが問題のモータ。よく見る型番だがシャフトの形状が違う特注品で、通常ルートでは手に入らないらしい。
組み立ての際は、注意点がある。

モニタに映っているのは組み立て方の説明ビデオ。ベルトを介してモータとつながっているこのパーツを、手でゴゴゴッと動かす工程があり、その際にギアが割れると大評判なのである。そしてここで頼りになるのがコミュニティーの力。Facebookグループではすでに改訂版の手順が検討されていた。いわく、組み立て前に一度電源を入れて、初期化時の動作を利用してこの部品を動かす。この方式を使えば、外から無理やり力を加えないためギアは割れない。
しかし僕の心には、別の緊張が走る。ここでモータが壊れる以前に、そもそも初期不良というケースも多いようなのだ。電源を入れるということは、今、その有無が判明してしまう。
祈るような気持ちで、SDカードに初期化用のデータをセットし、電源を入れる……

動いた!!!!!
どうやら僕は無事、初期不良のない1台を引き当てることに成功したらしい。なんという幸運!
……初期不良じゃなかったというだけでここまで喜びを味わえる製品もなかなかないだろう。どれだけコスパいいんだ、この8700円。(うまくいったので思考がポジティブ)

あとは淡々と組み立てるだけだ。デルタの形を組み上げていく。ネジ頭がやや柔らかくて、なめてしまいそうで緊張する…。

エクストルーダを固定し、付属のフィラメントを挿入。

完成したっぽい。
つい半年前までは欲しいとも思わなかった3Dプリンタが、なぜか僕の自宅デスクの上に。なんだか感慨深くなって、今までの思い出が走馬灯のようによみがえる。コメント欄で開発者があおられていたこと、急に音信不通になったこと、初期不良の苦情が殺到するコメント欄……。
本当にろくでもない絵しか出てこない走馬灯だが、なぜだかものすごく楽しかったな、この半年間。

感傷に浸っていてもしょうがないので、最初にプリントするモデルを選ぶ。公式サイトには101Hero向けに調整済みのgcodeファイル(3Dプリンタの印刷用データ)がいくつかアップされている。その中から、このピカチュウっぽい多面体を選んだ。ファイル名にcuteと書いてあるが、写真で見る限り、圧倒的なかわいくなさを誇っている。
データをPC上でSDカードにコピーして、本体のリーダに差し込む。そして電源を入れて数分待つと……。

動き始めた!!!!!

なんか空中でダンスしてるんですけど!!!!

完成した僕のピカチュウ。

上が足、指で持ってる部分がしっぽです。か、かわいい……!(白目)
闇堕ちするピカチュウ
なんだあの、大根おろしを食べた皿を洗わず放置した後に残ったカピカピみたいなやつは。やっぱり僕の101Heroは初期不良だったのだろうか。エクストルーダの高さを調整するネジを3時間ほど締めたり緩めたりしてみたが、状況は変わらず。完全に行き詰まってしまったので、またコミュニティーの力に頼ることにした。
Facebookグループは相変わらずモーターの初期不良の話題で持ちきりで、メーカーに特注品の小ロット販売をかけ合う人、市販のモーターからシャフト形状を変換するアダプターを設計する人、いくつかの市販モーターをばらして組み合わせ女神転生みたいに適合モーターを合成し始める人まで、あらゆる手法が試されている。新たに初期不良品を手にした人が立てたスレッドには、「ようこそ、悲しみのブロークン(壊れた)・モーター・クラブへ!」と温かい歓迎のコメントがついていた。公式サポートが皆無なおかげで、めちゃくちゃいい空気のコミュニティーが形成されている。
そんな中、運よく完動品を手に入れた人向けのTipsもいくつか発見。その中にこんなものがあった。
「付属のマスキングテープ、フィラメントを使うべからず」。
なるほど!!!!そこもか!!!!!

早速、Amazonで一番安いフィラメントを購入。すると…!?

おおおおおおおお!?

なんかめちゃくちゃ怖いのができた……。

背中には元のモデルにはなかったはずの、悪魔の羽根のようなものが……。
目の前に現れたのは、すっかりダークサイドに堕ちてしまった、ピカチュウの姿であった。
そして完動へ
そこからまた試行錯誤すること数日、ついにちゃんとした出力物が目の前に現れた。


なんかカクカクしてるのはプリンタ性能のせいではなく、もともとポリゴン風の3Dモデルなのだ。
さっきうまくいかなかった原因は、フィラメント送りがうまくいっていなかったこと。エクストルーダの裏側についているネジが緩んでいた。

これ。フィラメントの挿入時にこのネジを外してフタを開ける。このネジはただのフタの固定用だと思って緩めにしていたのだが、実はフィラメントの射出にもかかわる重要なものだったのだ。(なので、もしかしたら付属フィラメントでもうまくいったのかもしれない。ネジさえ締めておけば)
3Dプリンタのある生活
こうして僕は、それなりの紆余(うよ)曲折を経て、初めての3Dプリンタを手に入れた。それからはまいにち1~2個ずつなにかを出力して、充実した3D生活を送っている。

これはFacebookグループのメンバーがアップしていたもの。SDカードスロットの外側に露出している端子を保護するためのカバー。

3Dモデルの投稿サイト、ThingiverseからDLしてきたものたち。星はクリスマスツリーのオーナメントで、いま家のツリーに飾ってある(左がちょっと設定をまちがえたやつ、真ん中が成功)。右は抵抗の足をちょうどいい間隔で折るための器具。
あとは、モデリングも少しかじってみて、息子たちに星や自動車の形を作ってあげたりした。彼らにとってみれば、ある日、急によくわかんない三角形のロボットが家にやってきて、あたらしいおもちゃをどんどん作ってくれるのだ。もちろん大興奮である。
そんな毎日のなかで、僕は完全に3Dプリンタのトリコになってしまった。いままでいろんなFabスペースで3Dプリンタが活用されているのを見てきて、ツールとしての実用性はわかっているつもりだった。でも、自分には必要ないものだったし、ましてや家にそれがあるというのはちょっと想像がつかなかった。
でも、実際にそうなってみると、もうめちゃくちゃに楽しいのだ。この間までは「他人が作ったモデルなんて出力しても意味なくない?」と思っていたのに、今では魚の骨の形をしたクリップやら、ロボットの人形やらが部屋中に散乱している。(フィラメントを1色しか持っていないので、全部黄色い)
それに、家にあるということは、子供と一緒に遊べる。これがすごくいい。

まとめ:ありがとう101Hero
で、実は。この最初の3Dプリンタが家に来てまだ1週間なのだが、僕はもう新しい3Dプリンタを買おうと思っている。もっと高性能で、カスタマイズもできるやつ。
そう言うと101Heroに出資したことに後悔しているみたいだが、決してそうではない。この製品のおかげなのだ。「家に3Dプリンタのある生活」の楽しさを知ることができたのは。ほかにも、101Heroは僕にものすごく多くのことを与えてくれた。ずっと注文ボタンを押す瞬間のテンションでいられた半年間の時間、それにたくましい海外のギークたちとコミュニティーで交流できたこと、あと3Dプリンタの構造に関する基本的な知識も。ぜんぶこの101Heroのおかげだ。
とにかく、僕の初めてのKickstarter体験はすべてがうまくいって、最高の結末を迎えた。101Heroは僕の人生を変えた、最高の3Dプリンタである。ありがとう、101Heroのメンバー!
(というのはあくまで僕にとっての話であって、さっきコメント欄を見に行ったらいまだ初期不良組と未到着組のクレームが殺到し、盛大に燃え盛っているところであった。でも最後のアップデートによればメンバーは現在発送作業に専念中とのことで、あとでサポートもあるかもしれない(ないかもしれないけど)。願わくば、彼らも報われますように……。)
告知(初出時ではない2025年の告知)
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