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2ヶ月のあいだ一人で育児をした感想

9月の後半に嫁が突然入院してしまい、そのあと2ヶ月弱のあいだ働きながら一人で家事育児をこなしてきました。
明日めでたく退院ということになったんだけど*1、濃密な2ヶ月間のことを振り返るといろいろと感慨深いこともあるので、ここはひとつ文章にまとめておきたい。

これはどちらかというと自分用の記録というか、あんまり人が読むことを意識して書いてないので長いです。あと画像とかなくて読みにくいと思う。

ちなみに前提情報としては、自分は34歳の会社勤務の編集者で、こどもは2歳半の男子が一人です。
2歳半というとどんな感じかというと、言葉の発音は舌足らずながらそこそこ複雑な意思疎通ができ(たとえばこどもの気が進まないことに対してこちらが理由を言って説得を試みることができるし、こどもはこどもで「○○は××の後にやるから」といったような交渉をしてくる)、トイレトレーニングはしているけど普段はおむつ着用、DVDプレーヤーのDVDを自分で見たいものに入れ替えることができ、歩く走るはもちろん階段の上り下りも可能、という感じです。

 

最初は死ぬ

計画入院だったらよかったのだけど、今回は急遽入院が決まってなんの下準備もできなかった。それで最初の1週間くらいは死ぬほどきつかった。

まず時間的に、生活を回すのが不可能である。
それまで俺はフレックスタイム勤務で、朝10時に出社して19時から22時くらいのあいだに適当に帰宅という感じの働き方をしていて、それを維持するとこどもを保育園に迎えに行くことができない。ので最初の1週間は
・仕事をめちゃくちゃ早く打ち切って18時に迎えに行く
・仕事をそこそこで切り上げて20時に迎えに行く
というのを一日おきに繰り返していた。前者でも保育園の滞在時間は今までより1時間長いし、後者になると12時間近く預けることになる。そうなるとこどもは朝食と着替え、お風呂以外の時間はほとんど保育園(夕食も保育園だ)ということになり、さすがにかわいそうだ。

で、それだけこどもに負担をかけた上でもなお勤務時間としては足りてないので、このまま続けると欠勤扱いになったりする。
10時に行かずにもっと早く行って早く帰ればいいじゃん、と思うかもしれないけど早く行くとそのぶん保育園に早く預けることになるので意味ない。


そういう状況だったのでこっちもナーバスになってしまい、こどものちょっとした行動とかで「保育園が嫌なんじゃないか」「今の生活にストレスを感じているのでは」と思うようになった。
たとえばちょうどこの時期に、俺に向かって「(自分の名前)○○くんだよ~」と言ってくるのがこどもの中で流行っており、これは実際には特に意味のないじゃれあいなんだけど、こっちは深読みして「今の生活に疎外感を感じていて、自分のことをもっと見てほしいと思っているのでは…」等と深読みしたりしていた。


あと当然ながら家事育児の労働負担が大きい。
育児でいえばいままでは勤務時間の関係で、平日あさ起きてから保育園に送るまで、および土曜日終日の育児は自分、平日のお迎えから寝るまでの育児は嫁、日曜日は共同で、という感じで回していた。それを全部自分でやることになる。
そうなると保育園に何を持っていけばいいのかもわからないし(今までは嫁が前日に準備していた)、洗濯のサイクルがつかめていないので着替えが欠品したりする。弱気になっているとこういう地味な失敗にどんどん精神力を削られていく。

あと家事関係で地味に効いたのが、うちは夕食に食材とレシピがセットで届くやつを注文していて、それをちゃんと作っていかないとどんどん生鮮品がたまっていく。最初の週は予定外の事態だったため一番手のかかるコース(俺がやると1時間くらいかかる)を注文していたので、毎日こどもが寝た後に翌日の分を半泣きで作った。冷蔵庫で食材が痛んでいくイメージに取り憑かれており、けっこうな精神的負担になった。

今考えると最初の週は完全にノイローゼだったと思う。自分の行動も混乱していて、そんなに使う予定のなかった駐輪場を月ぎめ契約しに行ったりしていた。
木曜日に嫁が入院して、三日目の土曜日。こどもを保育園に送ってから仕事にいくために自転車をこいでいて(この日は入院前に入れた取材の予定が入っていて外せなかった)、なんかいろいろ考えていたら涙が出てきた。今までの人生で辛くて泣いたことなんてなかったと思う。ほんとに弱っていた。


2週目で劇的に状況がよくなる

入院一週間後から事態は劇的に改善した。

前述のように完全に混乱しつつも、生活のボトルネックは勤務時間にあることを見抜いた聡明な俺は、週あけにさっそく手を打つことにした。上司を打ち合わせの後に「ちょっとお話が…」といって呼び止め、短時間勤務に変更させてくれと泣きついた。

上司はインターネットに名を轟かせる人ですが部下に対しては非常に理解があり、かつ仕事さえこなせるなら勤務体系など何でもいいと思っているタイプの人で、この交渉にも二つ返事でOKしてくれたうえに人事部との面談にも同伴してくれた。人事部は人事部でもっと説明を要求してきたりするかと思ったがそういうのはなく、「はいどうぞ」といった感じで受理された。これまでの1週間分も遡って短時間勤務に変えてくれるっぽかった。

これにより、9時半出勤、夕方のうちに退社して18時お迎えのサイクルができた。これが固定されることにより家事が一気にル-チン化され、流れ作業でこなせるようになる。夕食の材料の宅配も、一番かんたんな15分調理コースを週4回、という内容に変更した。一日おきに保育園帰りにこどもをつれて病院にお見舞いに行き、その日の夕食はスーパーの惣菜やコンビニで済ませることにする(平日のみ。週末は作る)。忙しいときの時間は料理に裂くより、そのぶんこどもと遊んでやったほうが明らかに有意義だと思ったので。


これで、ほんとに目の前の霧が晴れたような感じで一気に生活の見通しが立ち、これは意外にぜんぜんやっていけるぞ、という感じが出てきた。本当によかった。


あと、最初の時点で状況を話した、保育園の保育士さんが非常に親身になってくれていた。連絡帳に「○○くんは生活が変わって情緒不安定なところもありますが、私がしっかり受け止めていきます!」とか、毎日のように書いてくれていた。ちょっと大げさだな、と思ったんだけど、自分より大げさな人がいることでなんか精神的に楽になったように思う。


そのあとの生活

家事の面では一人暮らしの経験があるし、育児ももともと土曜日は終日こどもの面倒を見ていたので、生活パターンさえできてしまえば何も困ることはなかった。3週目以降はもう完全に一人で全部こなした上で、空いた時間をちょっと趣味に当てるくらいの余裕ができた。


仕事の上では、短時間勤務になって働き方がガラッと変わったように思う。短時間勤務というか、残業ができない影響が大きい。時間的なバッファがないので計画的にすすめないと後から取り返せないし、勤務時間が短いのでとにかく効率的にこなさないと回らない。よくいう「日中は集中して定時ぴったりに帰宅!」みたいな働き方である。

これはこれでメリハリがついて気持ちがいいけど、ただ俺はおもしろコンテンツ業みたいな仕事なので、あんまり効率的にやっていくと小さい遊びが抜け落ちていくような感じがして、必ずしも最善ではないという気がしている。もっと、だらっとやっていることで生まれる成果みたいなのもある気がする。そもそもが効率化すると削られる側の仕事である、というのもある。残業多すぎてもだるいので程度問題だとは思うけど、調整の余地なく絶対にゼロという今の状況は、柔軟性がないので若干のやりづらさがある。


家事においては逆に効率厨なので、食器洗浄機・洗濯乾燥機・ルンバのフル活用は当然として、生活の導線上に資材の一時置き場を用意したり(ゲームで言うとdwarf fortressのストックパイルの感覚)とかして、最小限の労力で最大限の成果が出るように最適化した。後者は多少美観は損ねるけれども、期間限定のことなのでやむを得まい、という判断。

あとこれは以前からだけど、前述の食材の宅配と生協の組み合わせで、緊急時以外は買い物に行かなくていいようになっている。今の生活だと買い物に行く時間は本当に取れないので、これは有効。


基本的にひとりで外出する時間はないんだけど、趣味がゲームとか電子工作とか音楽とか、家で片付くものばかりなのでそれほど苦ではなかった。電子部品やCDはネットで買えばいいし。誘われても飲みにいけないのがちょっと辛かったくらいか。

 

こどものこと

冒頭に書いたとおり、あした嫁が退院してくる。もちろんすごく嬉しいんだけど、正直ちょっと寂しいなと思うところもある。
こどもと2人で暮らす生活がすごく濃密で、ありがちな言い方だけど、かけがえのない感じがしたからだ。

3人で暮らすよりこどもに接する時間が長くなるというのもあるし、こどもがなにをするにも「おとうさん、おとうさん」と言って自分だけを頼りにしてくるのも愛おしくて仕方がない。


反面、責任の大きさも感じるようになった。いままでは平日の育児を嫁と朝晩で分担していて、毎日やっていると「朝、俺が楽しいことをしてあげられなくても、夜があるからいいか」というような気持ちになってくる。それがひとりで世話をするとなると、「俺が楽しいことを作ってあげないと、この子は楽しいことがいっこもないまま一日が終わってしまうんだな」と思うようになった(まあ保育園でも楽しいことはあるんだろうけど)。これは重大なことだ。

ただ、仕事でもよくあることだけど、責任と楽しさって比例している。俺がこどものすべてを担っているというか、もうぜんぶ俺にかかってるんだなと思って、そうするとこっちの本気度も変わってくるし、本気になると楽しくなってくる。


平日はあんまり時間もないので、ごはんやら風呂やらやることやってあとちょっとミニカーで遊んだりテレビ見て終わり、という感じだけど、休日はこちらも気合が入ってくる。
最近はサイクリングがふたりのあいだで流行っており、朝ごはんを食べたら、午前中から電動自転車で片道1~1.5時間くらい、無計画に外をうろうろする。乗り物好きのこどもの中では自転車の前座席は運転席ということになっており、「出発進行!」という号令のもとに俺は自転車を走らせる。漕いでいるあいだはたくさんおしゃべりもできるし、一緒に歌を歌うこともできる。一緒におもちゃで遊んでいるときは会話をしてもこどもの興味はおもちゃに向いているんだけど、自転車に乗っているときの会話は、お互いの関心が相手にある状態で向き合って話せているような気がする。途中で適当な公園を見つけて遊ぶこともある。先月行った先では二人で並んで滑れる幅広の滑り台を見つけて、手をつないだまま滑った。あと秋なので、なんとかまつり的ななイベントごとに偶然行き当たることが多くて、そのたびにこどもが「おまつり!おまつり!」とおおはしゃぎした。
お昼はハンバーガーを買って川原で食べたり、ファミレスに入ったり、たまにお弁当を作って持っていくこともある。このあいだは電車と飛行機と船を全部見ながらお弁当を食べられる遊歩道を見つけて、こどもといっしょに大興奮した。そして帰りはまたしゃべったり歌を歌ったりしながら、また1時間半くらいかけて自転車でフラフラ帰る。
そのあと家で昼寝をして、夕方はお母さんのお見舞い。夜はご飯を作って一緒に食べて、それからまた一緒に遊んで、お風呂に入って寝る。そのあと俺だけ起きて、2~3時間仕事や趣味やゲームをして、それで一日はおしまい。


この生活をはじめて数週間したあたりから、こどもがご飯のときに「おとうさん、ごはん作ってくれてありがとう」って言ってくれるようになった。保育園でもいろんな人に似たことを言っていたみたいで、ただの彼の流行っぽかったんだけど、言われたほうは本当に嬉しくて、涙が出た。
あとたまに突然「(自分の名前)○○くんねえ、おとうさん大好きなんだー」って言い出すときがあって、これだよ、これが親の喜びだよ、という感じであった。


一緒にいる時間が長いからこどもの成長にも敏感になるし(自転車のスタンドを足でおろす、家の鍵をかける、エレベーターで自分の階のボタンを押す、舌打ちで時計のまね……など、短いあいだにいろいろできることが増えた)、こちらから教えることも増える。
これは不思議なんだけど、このくらいの子供というのは、親と濃密に接すると急に言語能力が上がる。たとえば両親と2泊3日の旅行にいっただけで、急に表現力がワンランク上がったりする。今回の2ヶ月のあいだにも、短い期間でずいぶん複雑なことが表現できるようになった。それが、今回のことで自分がこどもに残すことができた「成果」なのかなと思う。感慨深い。


そういうわけでこの日々が終わってしまうことには一抹の寂しさもあるんだけど、とはいえこどもとしてはやはりお母さんが帰ってくるのは嬉しいようだし、俺としても最愛の妻なので近くにいてほしいというのはある。明日は万全の準備で迎えたいと思う。それにこの先半年くらいは安静が続くようで、育児は相変わらず俺の仕事になりそうなので。

*1:数日前に書いた下書きを公開しているので正確には明日退院ではないです