人間よ、楽器を習うとよい

ギターを習っている。習い始めたときにもブログを書いていて、いま見たら2021年の8月だったので、ちょうど3年ほど経ったことになる。

先週、発表会(教室主催の演奏会)があり、初めてステージで楽器を演奏した。生徒の成果発表会なのでたくさん観客が入るイベントではないけど、そこで演奏した2曲はいずれも「いつか上達したら弾けるようになりたい」と思っていた曲で、自分のギター歴としてはひとつのマイルストーンになった。このへんでいちど思いのたけを書き残しておきたい。

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これはギターを始めた頃からずっといつか弾きたいと思っていた、アントニオ・カルロス・ジョビンの「Felicidade」。まだまだヨレたりモタつくところがあるが、ずっと先の目標だと思っていた曲に意外に早くたどり着けたことが感慨深い。

楽器を習うとよい

語ると長くなりそうな思いもいろいろあるのだけど、まずはシンプルなメッセージを置いておきたい。楽器を習うのはいいぞ、という話である。

自分は40歳のときに急に思い立ってギターを買った。

もともと音楽が好きで、いつか楽器をやりたいな……という思いはあったのだけど、まあ老後の楽しみに取っておくか、くらいの気持ちでいた。それがある日、家族で買い物をしているときに急にバケツの水が溢れるように「いまギターが弾けるようになりたい」という衝動に駆られ、妻子に「寄り道するから先に帰ってて」と言い残して御茶ノ水に行った。

当時この曲をめちゃめちゃ聴いていて、
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たぶん直接バケツをあふれさせたのはこの曲だと思う。ただ「この曲が弾きたい!」というわけではなく「(一人で演奏できていろいろなジャンルの音楽が奏でられる楽器であるところの)ギターが弾きたい!」という感じで、楽器屋の店員といろいろ相談した結果、クラシックギターを買った。ヤマハの中古の1万5千円のやつ。
※クラシックギターはアコースティックギターと似た木製のギターだが、弦が金属ではなくナイロン弦で、ピックを使わず指で弾く

いま振り返って思うのは、「あのとき始めておいてよかった」ということだ。なんたって43歳の時点でギター歴3年のキャリアを得られたのである。何かを始めるのに遅すぎるということは絶対にないと思っているが、とはいえ3年前に始めていなかったら今はまだギター歴0年なのだ。
もし「いつか始めたい」と思っていることがあるなら、やっぱり今すぐ始めた方がいい。楽器の練習をしていると自分の余命についてよく考える。あと35年あるとしたら、ギター歴38年まで行けるな、そこそこ上達しそうだな、という感じで。

左がいま使っているギター。右が最初に買ったギター。

その後、半年くらい本やYoutubeで独学したあと、これをひとりでやっていくのは思ったより難しいぞ……ということで教室に行くことにした。それで今に至る。

やっぱり独学より人にならうと上達を加速させてくれるし、定期的にレッスンがあると練習もちゃんとせねばという気になる。
さらに実感として独学では突破できない壁があって(自分の場合は同じ曲をずっと練習していると、上達にピークがあってそれ以降どんどん下手になっていくように感じる)、先生がいるとそこを的確なアドバイスで超えさせてくれる。
かならずしも音楽教室が唯一の選択肢ではないと思うけど、何かしらの形で師がいた方がいい。

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↑まだ独学でやっていたころのおぼつかない演奏が残っていた。楽器買って3カ月くらいの頃。一人でベースとメロディ同時に弾くのが難しすぎた。今はふつうにできる…!

楽器を始めるにあたり、「自分には才能がないから」と思って踏み切れないでいる人もいるかもしれない。
実は自分も、始める前は楽器に苦手意識があった。僕は幼少期から運動も苦手だしアクションゲームも下手だし、身体運動によりリアルタイムで何かをすることに関して本当に才能がないと感じていた。

ただやってみるとそれは杞憂だった。楽器は筋トレみたいなもので、すごく素朴に、かけた時間と同じだけ弾けるようになる。練習さえすれば、昨日より今日の方が弾けるし、今日より明日の方が弾ける。注いだ情熱には結果で応えてくれる。楽器は裏切らない。(やり方が間違っていなければ。この「やり方が間違っていない」を担保してくれるのが、人に習う、である)

「やったぶんだけうまくなる」という安心感のおかげで、毎日の生活の中でも扱いやすい。
一日のうちの貴重な可処分時間を割くうえで、やっても結果が出たり出なかったりする不確定性の高い趣味も多い。たとえば創作系の活動だと、ひらめきという運要素があるため作業時間と成果が比例しない。
いっぽうで楽器の練習は手堅く成果が出る。なにひとつうまくいかなかった日でも、帰ってから楽器の練習を1時間やっておけば、少なくともそれだけは前に進めたという安心感が得られる(し、実際に成果は出る)。精神衛生上とてもよい。

ただ、プロの演奏とくらべて「いつこんなに上手くなれるのか」というような考えとは相性が悪い。楽器の達人までの道のりはめちゃくちゃ長いし、一生かけてもできるとは限らない。他人と比べるのではなく、自分の上達を楽しむのがコツという感じがする。(これはあらゆる活動にいえることだが)

※練習についてはすごくいい本があって、「そもそも練習って何なの?なんでうまくなるの?」とか「週何回やると効率的?」みたいなのが全部わかる。おすすめ。

以前DPZの本紹介コーナーで紹介したときの記事。↓
dailyportalz.jp

発表会という魔界

さて今回初めて参加した発表会の話もしたい。一言でいうと魔界である。

発表会と一般的なライブやコンサートとの違いは、奏者がアマチュアであるというのは自明だと思うが、もうひとつある。奏者が全員、ガチガチに緊張しているのである。
自分よりはるかにうまそうな、弦をはじいた音をひとつ聴いただけで実力の差が明らかであるような大先輩でさえ、演奏の途中で手が止まってしまうのを見た。
あの空間で人間は長くは生きられない。そんな極限空間である。

当然ながら僕も例外ではない。僕はヘボコン(主催しているロボットイベント)の司会をしたり、トークイベントの進行もたまにやらせてもらったりして、人前で話すことには全然慣れている。でも演奏となると話は別だ。自分の演奏中にも手が震えているのがわかった。
ただ別の場で得た、緊張の扱い方/いなし方みたいなのものは少し役に立ったようで、かろうじて演奏を終えた。
今回は初回ということでかなり甘い目標を定めていた。「弾き間違いは何回でもOK」「わからなくなって止まって、少し戻って弾き直すのは3回まで」。これはギリギリ達成できたと思う。

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これは1年くらい前から「いつか弾けるようになりたい」と思っていた、ルイス・ボンファの「Manha de Carnaval」。上のFelicidadeとこの動画は、発表会後に「どう考えても今が一番うまいだろう」ということで記録用に撮った。

「発表会は出た方がいいんですか?」というのは音楽教室のFAQであるようだ。自分の手で音楽を奏でたいから習っているだけで、別に人前で弾きたいわけではないという人は意外に多い。僕もそうだ。
それに対して出た方がいい派の主張は「上達するから出た方がいい」であることが多い。本当だろうか。
自分の実感としては、確かに効果はある、それもめちゃめちゃ。と思った。

発表会はとにかく極限状態なので、脳の処理能力が通常の半分くらいになると思っていい。発表会に備えるということはその状態でひととおり演奏をできるようにするということである。これはスポーツでいう高地トレーニングみたいなものだ。酸素の薄い発表会で一曲弾きこなすことができたら、通常条件下での演奏はかなり上達する。理にかなっているし、実感できた。

あとは単に「曲が弾ける」を目指す普段の練習と、「人様に聴かせられる演奏をする」を目指す発表会は、やはり全然違う。

楽器を始めるとわかるのだけど「弾けなかった曲が弾けるようになる」ことにはすごい快楽があって、一方で「すでに弾けるようになった曲をきれいな音で表現力豊かに奏でる」ことはその重要性を理解したうえでなお面白みが少ないので後回しになってしまう部分だ。

こういう「スキルアップの快楽と芸術表現追及のせめぎあい」みたいなところが、楽器の練習にはある。発表会があると自然と後者に向き合うことになる。
結果、すごく上達したと思う。

文字が続いたので写真を。夜間に家で練習するときはサイレントギターという音の響かないギターを使っている

音楽を理解(わか)りたい

別に人前で弾きたいわけではないと書いたが、「人前で演奏するのは前提じゃないの?ライブとかやりたいから楽器やってるんじゃないの?」という疑問を持つ人もいるかもしれない。でもそうじゃないのだ。
自分の場合は2つ理由があって、「音楽が好きだから自分で鳴らしたい」というのと、「音楽が理解(わか)りたい」という2つのモチベーションがある。

前者はシンプルでわかりやすいと思う。単に聴くだけじゃなくて自分が奏でる側にもなってみたいという話でもあるし、あと聴く音楽は他人が演奏したとおりにしか聴けないが、自分で演奏すれば自分の自由があるというのも魅力に感じている。(わかりやすい例を挙げると、自分で弾くなら速く弾いてもいいし、遅く弾いてもいい)

ただ、今まで自分が音楽を生み出す側に全く立っていなかったかというとそうではなくて、それが後者の理由に関わってくる。
生み出す側としての原体験として、高校時代から断続的にやっていたDTMがあって、最近だと2021年末から2022年初めに久しぶりに再開して何曲か作った。4曲ほど載せる。

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ここで自分の弱点として音楽理論をあんまり理解してないというのがあって、手探りで音を置いているのですごく非効率だ。コード進行とか知識としては知っててフワッと理解もしてるつもりだけどうまい使い方がわからんみたいな状態がずっと続いていて、もうちょっとなんとかしたいという思いがある。それもあってギターを選んだ。
ギターはコードの概念との親和性が高い楽器だからだ。

なんだけど今やっているのは楽譜を見てそのとおりに弾くということで、あんまりコードが出てこない(アコギでコードを押さえてジャカジャカ弾くのと違って、クラシックギターとかソロギターと呼ばれるジャンルは楽譜の音符を一つ一つ押さえて一音一音弾いていく。ボサノヴァの曲をやっているので楽譜にはコードネームが書いてあるが、あんまり見てない)。
そっちはそっちで上達する楽しみがあってすごくいいのだけど、相乗効果的なものは今のところあんまり生まれてないなと思う。

ただこれも考え方次第であって、一般的にひとつのことを理解しておくとその近縁のことは理解が早い。音楽という近いジャンルでで今までやっていなかった器楽という分野の経験を積めたことには意味があると思う。「音楽」という真理に向かって外堀を埋めるような活動といってもいいかもしれない。
今後やるべきこととしては、今までギターで弾いた曲のコードネームを改めて振り返りつつDTMでアウトプットしてみるとかなりいいのではないかと思う。いまのところそこまでやれてないけど……。

あとそれとは別の話で、いまのやり方だと楽譜がある曲しか弾けないので、いつかは自分で耳コピしたりアレンジ起こしたりできるようになるともっと良い。

うーん、ちょっと話が散らかってきた。なんか実用に寄せた話をしてしまったけど、やっぱり根本的なところで、音楽に対して素朴に「理解(わか)りたい」「近づきたい」「どうなっているのか知りたい」という思いがある。
だからやれることからやっているという感じかもしれない。そしてまだまだやるべきことはたくさんある。

まとめ

かように、楽器を習うと毎日が充実してくるのである。みんな、楽器を始めるとよい。

唯一の不満は音楽を聴きながらできない趣味であるところだ。実は音楽好きと相性が悪い活動かもしれない。

好きな曲紹介

最後に好きなギター曲をいくつか載せておきます。クラシックよりラテン音楽が好きなので大半はラテン。

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いやーもう本当に、本当に美しいと思う、これは。オラシオ・ブルゴスというアルゼンチンのギタリストの曲。ネオ・フォルクローレと呼ばれる音楽だと思うのだけど、アルゼンチンはほんと良いギター音楽が多い。

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これもアルゼンチンのギタリストで、キケ・シネシという人。この人は(この曲ではないけど)楽譜が出ているのでいつか弾きたいのだけど、マジの天才なので一生無理かもしれない。
この記事の流れ上、ここはソロ演奏を載せるべきなのはわかっているのだが、2曲連続でアンサンブルを選んでしまった。良すぎて。キケ・シネシはほかにCarlos Aguirre(カルロス・アギーレ)というピアニストと一緒にやってるやつもめちゃくちゃよくて、

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これです。最高。

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アルゼンチンの天才がキケ・シネシだとしたらブラジルの天才がこのヤマンドゥ・コスタ。Youtubeに公式の演奏動画(ライブのステージを映したやつじゃなくて手元が見えるやつ)がたくさんあるのだけど、どれもほんとうに自由自在という感じで弾いていて、これだけ楽器が演奏できたらどれだけ楽しいだろうかと思う。

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昔のブラジリアン・ギターの名手らしいのだけど正直この人についてはあんまり知らなくて、でも気付いたらSpotifyのお気に入りにめちゃめちゃ入っていたので、たぶん俺はこの人の曲が大好きなんだと思う。

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これはショーロっていうボサノヴァとかサンバのもとになったブラジルの古い音楽で、ショーロについても自分はあんまり詳しくないんだけど、この曲はめちゃめちゃ好きでよく聴いてる。3:34あたりからのところでキュ~ってなって、たまんね~~~って感じになる(つたわれ)。

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これもブラジルのギタリスト。こういう、なんていうか「弾きまくってる」感じの曲をすらすら弾けたらめちゃめちゃ気持ちいだろうなと思う。

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ボサノヴァのギタリストといえばバーデン・パウエルで、この曲は渋いながらも色気があって最高。いつか弾きたいと思ってるけど何年やったらこんなの弾けるのか不明。

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これはもはや普通のギターの曲じゃないんですけど、トルコのTolgahan Çoğulu(読み方わからん)っていう人の微分音ギター(半音より細かい単位で分けた音程を鳴らせるギター)の曲。こんな変わった楽器なのに前衛的になりすぎないで普通にいい曲なのがすごいし、同時に他にはない魅力がちゃんとある。

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この人が実は僕がいま習ってる先生なんですけど、坂本龍一が亡くなったときに先生がアレンジしたカバー。B-2UNITっていうアルバムの曲なんだけどこれは原曲もほんとにいいのでぜひ聴いてほしいし、あれは絶対にあのシンセの音だからあの良さがあるんであって他の楽器では到底……と思っていたのにこの演奏がめちゃめちゃ良かったので度肝抜かれた。

軽く数曲紹介するつもりがついテンション上がってしまった。
自分のメモ的に作っているSpotifyのプレイリストも公開しておく。(ちゃんと整理してないのでアルバムそのまま突っ込んであったり雑なのと、上にはYoutubeにしかない音源もあるので全部入ってるわけではない)

ほんとにこれで終わりです。また。