聖地巡礼に行く

とても思い入れのある映画がある。新海誠監督のアニメーション映画「君の名は。」だ。公開されて10年。ずいぶん今更だけど、その聖地(のひとつ)、飛騨古川に行ってきた。

東京から新幹線で名古屋に行って、特急ひだに乗り換える。普段は富山周りのルートもあるが、いまは橋の不具合で電車が動いておらずこのルートしかない。

いわゆる聖地巡礼というと、「作品が好きで、その舞台を訪れる」という順序になると思う。ただ自分はあんまりそういう感じではなくて……フィクションの舞台の現実の土地にそれほど興味がない。

ちょっと話が迂回するのだけど、僕はその逆の、現実がきっかけでアニメが好きになる、というパターンをいくつか経験している。

去年の春に第二期が放送された「小市民シリーズ」は岐阜県にある僕の出身高校とその周辺がモデルになっている。それを知って見てみたところ、確かに知っている校舎が、知っている街が出てくる。

そうするとどうなるかというと、現実が、自分の記憶がアニメに浸み出してくる。顔つきも性格も一切似ていないにもかかわらず何度見てもヒロインの小佐内ゆきは当時付き合っていた彼女に見える。その後結婚したので今の妻である。そしたら一期の最後の最後でヒロインは主人公と別れてしまい衝撃を受けた。第二期は心の準備ができていなくてまだ見ていない。

「君の名は。」を見返しながら特急で向かう。隣ではこども(次男)がカルピスを飲みながら塾の宿題をやっている。

「のんのんびより」が好きで、これは実際の舞台とは違うのだけど、あの田舎の風景が幼いころに夏休みを過ごした祖父母の家やその周辺を思い出させるものだった。ストーリー的にも一切、自分の過去とかぶるところはない。でもあの風景を、幼少期の思い出と重ね合わせながら見ていた。OPやEDは飛ばして見ることが多いのだが、この作品だけはあの田舎の描写が好きで何度もOPを見た。

そして、「君の名は。」だ。さっき書いた「幼いころに夏休みを過ごした祖父母の家やその周辺」、それがまさに飛騨古川なのである。

夏休みに限らず冬休み、春休みと休みのたびに親に車で連れて行ってもらい、何日か、長い時は何週間かを祖父母に甘やかされながら過ごして、帰るときは寂しくて泣きじゃくりながら帰る。

思い出深いのは特に夏休み。近所の森に祖父と一緒にセミ捕りに行くのが本当に好きだった。山育ちの祖父は自然のことをよく知っていた。虫に詳しかったし、動物の足跡も見分けられた。ビワやアケビだったかな、もう忘れてしまったけど、食べられる木の実を見つけては食べさせてくれたり、ハチの子を食べることを教えてくれたりした(一度だけ食べた)。

「ひだ」に乗る三葉を「ひだ」の車内で見る

映画にはヒロインの三葉が「ひだ」に乗って東京へ向かうシーンがある。あのシーンを見ると、もう20年以上前、祖父が急逝したときのことを思い出す。交通事故だった。仕事中に突然母から電話があり、急いで古川に向かった。幼少期は車で行く場所だったので、「ひだ」に乗ったのはその時を含めて数回。あのときは悲しさ、寂しさ、しばらく顔を見せていなかったことへの後悔で胸がいっぱいだったけど、それでも車窓から見る景色はすごく美しく感じたのを覚えている。

帰り道に撮ったものだが、車窓からの景色はすごく美しい
高山に到着
古い町並み

ここまでの話に熱が入りすぎてしまった。

これを読んでくれている人には、この旅行が「祖父の思い出をたどる旅」みたいな感じにいま見えていると思うが、実はそれだけではない。これはこども(次男)との二人旅でもあるのだ。

以前に長男と二人で北海道に行ったことがあって、そのことはこのブログにもエントリを書いた。当時長男は小学校低学年だったけど、それからもう二人きりで旅行に行く機会はないまま中学生になり、もうお父さんとどこでもいっしょに行きたいという年齢でもなくなった。彼が子供らしくあるあいだの二人旅としては、あれが最初で最後だったわけだ。

いま次男は小学校高学年で、もうすぐだんだん独立心も強くなっていく。と思うとやっぱりこれが最初で最後の二人旅になるだろう。そういうかけがえのなさも、今回の旅行にはある。

アニメの聖地巡礼であり、思い出の地の再訪であり、こどもとのおそらく最後の二人旅でもある。テーマが多い。編集者なので仕事でほかの人が書いた原稿をたくさん見るが、こういう旅行記が出てきたら絶対「テーマを一つに絞ってほしい」と言ってリライトを依頼するだろう。そもそも旅程を頭から全部書くのも冗長になりがちで推奨できない。でも、ここまで長文を読んでもらっておいて申し訳ないけど、この記録は誰かに読んでもらうためよりも、自分の記録として書いておきたいという思いがある。だから読み物としての良さを削いででも、全部書く。ごめん。

明宝ハムのフランクフルトを歩き食い。小さいころ、祖父母の家から帰る途中の道の駅でよく買ってもらって食べた。同じ味。画面外ではこどもが飛騨牛コロッケを食べている

自分の思い出にこども(次男のこと。俺は自分の子供のことを「こども」と書くのが好きだし、こう書いてしっくりくるのももう数年だと思うのでそう書く)を付き合わせている自覚はある。しかしそのうえでなお、こどもとの旅をすばらしいものにもしたいと思っている。強欲。

こどもが事前にガイドブックで目星をつけていた、シロップ漬け冷凍ミカンをいっこずつ

高山では、古い町並みを歩いて食べ歩きをした。子供って、こうやって「街をぶらぶらする」みたいな楽しみがわからないものである。うちのこどももちょっと前まで無目的に歩き回るのに耐えられないタイプだったはずなのだが、いつの間にか街並みを楽しんだり、たまたま見かけたものを買い食いしたりを楽しめるようになっていた。育っとるな……。

滞在時間は90分ほどのはずが、なんかいろいろ食べ歩いていたら古川に行く電車を逃した。慌てて調べたところバスがあるらしいので乗る。

古川着。バスを降りて適当に撮っただけだが既に良い
予定が遅れたため、到着すぐ組紐体験

「君の名は。」作中でも三葉と妹が組紐をするシーンがあった。自分は電車で見返すまでそのことを忘れていたけど、「覚えてるからいい」と言って見なかったこどもはちゃんと覚えていた。子供の記憶力。

お揃いのブレスレットが完成
物産館に貼られていた、公開時のポスター。10年も前なので少し色あせている

さすがに10年も前の作品とあって、古川でも町中でこぞって聖地推しということはない。ただここの物産館にはロケ地紹介とあわせて映画のパネルもたくさん飾られていた。聖地巡礼に行く人は行ってみるといいでしょう。

古川の街中はこんな雰囲気
水路には池がいて、餌をやることもできる
瀧が三葉を尋ねるシーンで登場する、飛騨古川駅
同じく聖地である気多若宮神社……へと続く道。神社へはまだ行かない

行きたいところはたくさんあるものの、こどもの体力も考えて、初日はこのくらいに。
この道中に、かつて祖父母の暮らしていた家がある。もう二人とも亡くなってしまい、いまは叔父が夫婦で暮らしている。今回はそこに泊めてもらった。

家は一部リフォームを経ているものの、基本的には記憶の中のあの家のままだった。家そのものよりも、居間にかつて祖父が日記帳を置いていたカラーボックス?棚?がそのまま置かれていたり、木彫りのクマがまだあったり、そういうディテールの方に感慨深さがある。

祖父が亡くなったとき、葬式のあと、いつも虫を観察したり図鑑を読むのに使っていた虫眼鏡を形見として持ち帰った。その虫眼鏡はいま東京の自宅にあるが、虫眼鏡が入っていたひきだしは相変わらずそこにあって、叔父夫婦が日用品を入れている。不思議な感じがする。

久しぶりに会った叔父は幼少期の祖父の面影があるが、考えてみると当時の祖父よりもさらに年上のはずだ。我々親子を歓迎してくれて、僕は半年ほどやめていた酒を、久しぶりに酔うまで飲んだ。
こういう場面で退屈な思いをしがちなのがこどもだが、ふるまわれたすき焼きを食べた後、居間で先日買ってもらったばかりのゲームがじっくりできてそれはそれで楽しかったようだった。

古川の夜は寒く、こどもは俺の布団に潜り込んできた。一緒の布団に入るなんて、寝かしつけのとき以来だ。幼児期はよくあったが、小学校低学年でもたまにあったのかな?よく覚えていない。いろんなことを忘れてしまうね。

2日目

この日は午前中から叔父が車を出してくれることになっていた。その前に少し早起きして、こどもと二人で散策に出かけた。

ついに気多若宮神社へ

この神社は祖父母の家からほんの100mくらいのところにあり、ほんとに「近所の神社」くらいのイメージでいた。それがあんな大ヒットアニメの聖地になるなんて、と驚いたものだ。

ヒロインの三葉の家が宮水神社という神社で、そのモデルとなった複数の神社のひとつがここ……とずっと俺は思っていたのだけどちゃんと調べてみるとそれには諸説あるらしい。しかし少なくとも、瀧が三葉を尋ねるシーンで登場する石段はこの神社のものである。

角度は違うけどちょうどこのあたり

また、ここの例祭である古川祭は国の重要無形民俗文化財、そしてユネスコ無形文化遺産にも登録されている。

境内に貼られていたポスター

祭が学校の休暇の時期ではないため直接見たことはないのだけど、祖父の家のテレビの上には、ちょうど上に貼ったポスターにあるように、祖父が太鼓の上に乗ってばちを振り下ろしている勇壮な写真がずっと飾られていた。とても名誉なことであり、自慢のワンシーンだったのだろう。

これはあの写真の聖地巡礼でもある。

上を見上げても迫力がある

この神社は近所とはいえそれほど何度も来たわけではないのであまり印象になかったが、思っていたよりも広くて立派な神社だった。

記憶をたどると、少なくとも一度は初詣に来た覚えがある。しかし神社自体についての記憶はやはりあまりなくて、途中の石段を登る場面だけおぼろげに覚えている。

こどもは寺社には興味がなく、また父ほど「君の名は。」に思い入れがあるわけでもないのだが、それでも見たことのあるアニメの聖地をひとつずつめぐっていくのはスタンプラリーみたいで楽しいようだ。父の思い出の土地であることは知っているから、少しは感慨深く思うところもあるのかもしれない。

気多若宮神社のすぐ近くに、気多公園という公園がある。そこが幼少期に祖父とセミ採りをしていた森だ。もはや「君の名は。」とは何の関係もないのだが、幼少期の古川で過ごした思い出のうち最も印象に残っている場所だ。
そこを再訪して懐かしみたいと思ったのだけど、真新しい「クマ注意」の看板を見たこどもが怖がったので、足早に通り抜けて少しだけ様子を見た。

その後は叔父に車を出してもらい、観光地を巡る。

マインクラフト好きの子供が行きたがった鍾乳洞。じっくり巡りたいところだったが上から水が落ちてくるのでほどほどのペースで踏破

こどもはちょっとした小物が好きで、出口にあるお土産屋で小さな水晶が欲しいというので購入。あとできのう組紐体験で作ったブレスレットに取り付け、完全版に仕上げていた。こういう創意工夫をするところは良い。いたく気に入ったようで、東京に帰ってから石が外れ落ちないように金具を付け替えてやると、毎日腕につけてうれしそうにしている。

鍾乳洞に併設の博物館にはビラビラの金塊が展示されていた。これはかつて展示していた約2億円相当の金塊が強盗にあい、犯人がバーナーで溶かしたものが、逮捕後に返還されたのだそうだ。再度成形したりしないでそのまま展示しているのが良い。

中華そば(高山ラーメン)。自分の小さい頃に好きでよく食べさせてもらっていたが、今回はこどもがこの旅のベストに挙げていた
ここも映画に登場した、飛騨市図書館。遠くから撮ったら駐車場整理の人がかっこよく映ってしまった

そのあと飛騨古川まつり会館、山の上にある温泉と順に巡って、帰宅。こどもはもれなく楽しんでいたようで良かったし、遊びのスポットだけでなく資料館等もちゃんと楽しめるようになっているのには成長を感じた。

夕食まで少し時間があったので、こどもを少し家に置いて、いよいよ気多公園をじっくり見に行くことに。

道中のあぜ道。

この道のことは本当によく覚えている。水路にいつも潤沢に水が流れていて、その流れる音が気持ちがよかった。いまから楽しい祖父との昆虫採集が始まる、そんなわくわくを胸いっぱいに抱えて毎回通った道。のんのんびよりの1話の冒頭には同じくあぜ道の水路に水が流れているカットがあって、あれで一気にあの作品が好きになった。

そしてこの坂道を登っていく

こういう場面ではありがちな感想なのだけど……道の小ささにびっくりした。もっと、3倍くらいの道幅を想像していた。広大な森へ続く大きな道だと思っていたけど、公園の裏口だったんだな。上まで登るのも一瞬だった。

公園内

公園内も、ずいぶんイメージと違った。もっと大木が鬱蒼と茂る森のようなところだと感じていた。確かに緑の豊かな公園ではあるものの、森ではなかった。

もう何十年も前のことだし、公園自体も当時とは少し変わっているのかもしれない。でも叔父に訊くと「最近は手入れが行き届かず少し荒れている」と言っていたので、これ以上に茂った森だったとは考えづらそうだ。いろんなものが、大きく見えていたんだな。

忠霊塔

祖父や祖母が、この場所を正式名称である「気多公園」と呼ぶのを聞いたことがない。というか今回訪れるにあたり初めてその名前を知った。この場所はもっぱら「忠霊塔」と呼ばれていた。

忠霊塔そのものは、公園内にある戦没者を祭るためのモニュメントである。でも、祖父母は、そしてその子も孫も、このあたり一帯のことを指して「忠霊塔」と呼んでいた。
それはもしかしたら祖父が戦争経験者であることと関係があるかもしれないし、単に気多公園という名前が後からついたというだけの話かもしれないし、あるいは特に理由なくたまたまかもしれない。

公園内は他にもやたらモニュメント的なものが多く、こういう石碑があったり
観音像があったり
また別の碑があったりする

忠霊塔とその次に載せた石碑は記憶にある。他はどれも、見覚えがあるような、ないような、という感じだった。逆によく覚えている、ピーチネクターの売られている自販機はもう無いようだった。

小さい頃の自分は、ここで祖父と一緒に森で昆虫の研究をしている気持ちでいた。ただこうして再訪してみると、実際には祖父は近所の公園で孫と遊んでいたにすぎなかったのかもしれないな、と思う。

これは自分が親を経験したからこそわかるのだけど、大人が子供と公園で遊ぶのって、いくらかわいい自分の子だったとしても、言うほど面白くない。1時間もすればおなか一杯になる。もう延々毎日毎日、虫ばかり捕まえ続ける子供に付き合うのはなかなか大変なことだっただろう。

それでも僕は祖父といるときはいつもワクワクしていたし、祖父のことを尊敬してもいた。
インドア著しい自分がいまでも割と自然を愛しているのはこの場所のおかげだし、探求心だとか、知的好奇心とか、いろんなものをこの場所で虫を捕まえることで育んだように思う。
今となっては当時祖父がどんな気持ちでいたのか知る由もないが、それでも、こどもの興味に真剣に向き合ってくれていたのではないかな、と思う。

大人になって/親になって思い出の場所に再訪するといろいろ見え方が変わるものだけど、ここが自分をつくってくれた大切な場所であることに変わりはない。

公園からは古川の町が一望できる。田んぼに水を張り始めた時期なこともあり、水にあふれたきれいな町だと思う

こうして散策を終えて、叔父の家に帰った。

夜は古川の日本酒をごちそうになり、叔父の孫の話を聞いたりして、21時過ぎにはこどもと一緒に布団へ。
また俺の布団に入ってきたので、一緒にXで海外の猫のおもしろ動画のアカウントを見て、楽しそうに笑っているのを見てうれしいなと思いながら寝た。

三日目

最終日。叔父に駅まで車で送ってもらい、

飛騨古川駅。瀧がタクシーの運転手に聞き込みをするシーンがこの近く。これとは別に、こどもが「駅前で撮って!」と言ってバーンと大文字になって写っている写真もある。

電車でふたたび高山へ。

高山。川のある町はいいな。

古川にも高山にも川がある。上流なので流れに勢いがあっていい。

二度目の高山ではお昼を含めて3時間くらいの時間があった。
1日目でこどもが無計画旅行OKになったことが分かったので、この日もあえて細かい行先を決めずに来た。

お昼だけは決めていて、叔父が学生時代に通っていた焼きそば屋があるというのでそこで食べる予定だった。しかし高山についたころ、こどもが「お昼はコンビニで買って帰りの電車で食べてもいい?」と急に言い出す。それも無計画の醍醐味だと思い、そうすることにした。まずは駅前にコンビニがあることをチェック。古都仕様で看板の色が深いファミマを見つけた。

それから朝市に寄って少しお土産を買い、ぶらぶらしているとこどもがポケふた(ポケモン柄のマンホールのふた)を見つけて大喜びして記念撮影をする。まったく事前情報を入れておらず偶然だったが、こういうのは偶然出会うとより一層うれしい。それからガイドブックを見て、モンブランを食べに行く。

恵那川上屋のモンブラン

恵那川上屋は同じ岐阜でも南東の方にある恵那市の栗きんとん屋(飛騨は北の方)。岐阜の栗きんとんはおせちのアレとは違って、栗と砂糖だけでできていることで有名。モンブランもめちゃめちゃにおいしかった。併設の売店で思わずお土産を買い足す。

その後、さるぼぼ(飛騨の伝統人形)づくり体験に参加、こどもが「幸」の字の入ったさるぼぼを作る。初日に食べた飛騨牛コロッケがおいしかったらしく同じ店で再び買い、帰り道にあった地元のスーパーで焼うどんとカツサンドも購入。そして予定通りファミマでおにぎりも買い……

ふたたび特急「ひだ」へ
車内でランチ

焼うどんは見た目からソース味かと思っていたけど、どちらかというと焼き肉のタレっぽい味でおいしかった。食べ終わるとこどもはゲームをやり、乗り物酔いして1時間ほど寝て休み、新幹線に乗り換え、車内で塾の宿題を片付けたいというので一緒にやる。こどもと一緒に宿題を片付けるのは、共同作業という感じがしてけっこう好きだ。18時に東京着。帰りに東京駅からバスに乗っていると、途中でバスが止まって動かない。そうすると何か祭囃子が聞こえてきて、バスのすぐ横を神輿が通っていった。

こうして二泊三日の二人旅は終わった。短いけど、心に残る旅だった。

自分の祖父との思い出の地をこどもと一緒に再訪するというのは、なんというか「世代を超えて引き継がれる思い」のようなデカいものを感じてしまった。

そしてそれとは別の話として、二人旅というのは本当に濃い。家にいると自分にも子供にもやらなければいけないことがいろいろあるのでそれをこなすことを考えがちだけど、旅先にはそれがない。こどもの気持ちを第一に考えて、いちばん楽しく過ごせるやり方を考える。そういうことができる。そしてこどもも、ずっと行きたかった場所に来られた僕のことをいろいろと思いやってくれた感じがする。そこに成長と、根の素直さ、純粋さを感じた。

そして何より聖地巡礼が良かった。僕もこどももそれぞれ色々とやりたいこと/行きたい場所/抱える思いのある中で、それを縫い糸みたいな感じで縫い合わせてうまく一つの旅行の形にしてくれたのが、映画の聖地巡礼だったと思う。旅に行く口実、モデルコース、達成感、いろんな形で役に立ってくれた。

このあと、自分にとって「君の名は。」が今まで以上に思い入れの深い映画になっていくことだろう。