ハンドスピナーにおけるアンダーグラウンドシーンとしてのThingiverse~世界的ブームの4ヵ月前に起きていたこと

ハンドスピナー、めちゃくちゃ流行ってますね。10年後にこの記事を読んだ人のために一応説明しておくと、小さな樹脂や金属の板の中心にベアリングを埋め込んだもので、ベアリング部分を二本指で持って手慰み的にくるくる回して遊びます。

Amazonで一番売れてるやつ

6/11現在、Amazonハンドスピナーカテゴリには2万5千件以上の商品が出てきます。商業的にも完全にブレイク中の状態です。

何を隠そう、僕は2月の時点でこれを自作していました。

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流行前に僕がハンドスピナーを独自に考案した……というわけではもちろんなくて、これはThingiverseという3Dモデルの共有サイトからダウンロードしたものを、自宅の3Dプリンタで出力したものです。ベアリングはスケボーやインラインスケートによく使われているのと同じもので、Amazon等で購入できます。

日本ではおろか米国でもまだブームになっていなかった2月、3Dプリント界隈では一足先に、この暇つぶしグッズが熱かったのです。

自作スピナーシーンの存在について

ブーム全盛の今もThingiverse上には自作ハンドスピナーが続々とアップされ続け、いまでは2500以上の作品がアップされています。

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Thingiversefidget_spinnerタグの一覧よりキャプチャ

まずは例として、いくつかご紹介しましょう。

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自作ならではって感じの凝った形のやつ(穴の部分に後でベアリングを入れる) 

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明らかに持ちにくいだろっていうやつ 

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蓮コラ。 

周辺部分に金属部品を入れがちなのは、3Dプリントしたボディは樹脂製で軽いので、そのままではスピナーにしたときあまり回らないためです。おもりとして金属が必要。
オーソドックスなのは中心と同じベアリングを入れるパターンですが、上の蓮コラのやつは、ベアリングより安いボールを使ってコストを抑えています。

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だからといって金を入れるという発想はなかった 

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3Dプリント界隈の人は何かとギアをつけがち 

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UFO 

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犬 

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こっちも動物もの。かわいい。重心偏りそうだけどバランスよく回るのかな 

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でかい。ちゃんとベアリング入ってて回ります。 

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寿司。…寿司? 

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すげえ怖い 

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弾丸がモチーフ。中2コンセプトだけど普通にスチームパンクっぽくていい 

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ミッドセンチュリー感 

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工業製品では絶対に出ない味わいがここに 

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これが一番かわいい。 

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ルーレットを兼ねる機能美派 

ここでは個性強めのを紹介していますが、普通に市販品で見られるような、基本系をちょっと変形させたもの(尖ってたり、反ってたり)も無数にあります。
しかし自由度の高さはさすが自作という感じ。最後に、自由すぎてわけわかんないことになってるやつをもう一個ご紹介しましょう。

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? 

というわけで自作ハンドスピナーの例でした。次はこのような豊かなシーンがどう形成されたのか、時間軸に沿って見ていきましょう。

自作ハンドスピナー流行の土壌

初期の投稿を探ってみると、Thingiverse上の自作ハンドスピナーはかなり短時間のうちに急速にブーム化したことがわかります。

いちばん最初にアップされたのは(自分が見つけられた限りですが)おそらくこちらです。昨年の9/28にKeshydenというユーザーが投稿したもの。
Ball Bearing Spinner Fidget Toy by Keshyden - Thingiverse

その翌日にも別のユーザーからの投稿があり、そのさらに2日後の10/1には、2ROBOTGUYというユーザーがこちらのモデルを投稿します。
Tri Fidget Spinner Toy by 2ROBOTGUY - Thingiverse
この2ROBOTGUY氏が投稿したモデルが現在も非常にたくさんのLikeやコメントを集めており、事実上の定番となっています。

上記の3つはいずれも「いわゆる普通」な形状のものですが、その後、11月にはすでにかなりの数のモデルが投稿され、すでに豊富なバリエーションの発生や性能の試行錯誤が行われています。

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11月の投稿より抜粋

わずか1か月のうちに、自作ハンドスピナーシーンは急激な盛り上がりを迎えました。なぜここまで急速に受け入れられたのでしょうか。その理由を解説する前に、次の写真を見てください。

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外周がくるくる回せる指輪や、パタパタ組み替えられるキューブ、ぐるぐる回せる輪。
実はハンドスピナー(Fidget Spinner)以前より、Thingverseには「Fidgetなんとか」とよばれる手持無沙汰のときにもてあそぶための手慰み系グッズが多数アップされており、人気ジャンルを築いていたのです。このジャンルに彗星のごとく登場したのが、ハンドスピナー。つまりもともとファンの多いジャンルの中で、一気に注目を集めたということです。

このような「Fidgetなんとか」が好まれるその背景には、3Dプリンタ自体の存在感のありかたが関連しているように思います。

www.youtube.com

これは「Stop printing crap(クソを出力するのをやめろ)」という動画で、3Dプリンタユーザーがついつい使うあてもないのに花瓶や、ペン立て、フィギュア、幾何学図形等を次々出力しがちなのを皮肉ったものです。業務ユーザーは別として、個人のホビーユーザーの場合、2つの理由により、3Dプリンタで無駄な立体を出力しがちです。

  • 出力で得られるオブジェクトの価値よりも、「なんか立体が出てくる」ことそれ自体がおもしろく、快感がある
  • 出力には長時間かかるので、3Dプリンタをアイドル状態にしておくともったいない気分になる

これらの理由の元に、いらん物体をどんどん出力してしまうわけです(そしてそれらの物体の多くはThingiverseにより供給されます!)。「プリンタがあいてるとなんか出力したくなる」この感覚は、「手が空いてるとなんか触りたくなる」感覚に非常に似ていると思いませんか?こういった感覚を面白がる土壌のもとに、大量のFidgetなんとかが生まれ、そして自作ハンドスピナーブームに繋がったと言えます。

世界的ブームとの関係

ここで、世界的なハンドスピナーの流行時期を見てみましょう。検索トレンドの推移がわかるGoogle Trendを見てみます。

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ハンドスピナーの英語名、「Fidget Spinner」の推移

今年の1月ごろからじわじわ伸び始め、3月中旬ごろから勢いを増し、本格的なブレイクは4月中旬ごろでしょうか。いっぽうでThingiverse上の投稿は昨年11月にはかなりの数にのぼっており、少なくとも4か月くらいは先行している。

つまり、世界的なハンドスピナーブームはThingiverse発です!……とこれだけの根拠を元に語るのはちょっと強引すぎですが、とはいえものづくり関係者に多く見られているサイトなので、ユーザーの中にはメーカーの企画者やデザイナーも多くいると思われます。この自作シーンの盛り上がりが数か月後のブレイクに何らかの影響を与えた可能性は高いのではないかなと思います。

音楽等でありがちな構図として、商業的に成功したジャンルの裏にはアンダーグラウンドシーンがあります。クラブやストリート、ネット上のコミュニティなどの目立たない場所で新たなジャンルが発明され、小さなコミュニティにより育てられ深められ、ファンを増やしていく。それがいつか大手のレコードレーベルに発見され、商業音楽に取り入れられていく。これは裏付けの薄い個人的な妄想ですが、Thingiverse上の自作ハンドスピナーシーンはここでいうアンダーグラウンドシーンであり、そこで育まれたものが商業化されたのが現在ブームとなっているハンドスピナー、という見立てができるかもしれません。

余談:本当のオリジナル

以上が本編でここからは余談です。

いま流行っているハンドスピナーはどこから生まれたのでしょうか。多くのメディアに、ハンドスピナーの発明者はCatherine Hettingerという女性であり、1997年に特許を取得するも更新料が支払えず2005年に失効してしまった、という記述があります。これは英語版のWikipediaのFidget Spinnerの項目に、誰かが発明者としてCatherineさんの名前を記したことが発端になっているようです。

しかしよく調べてみるとCatherineさんが発明したのは現在のベアリングを使用したスピナーではなくて、小型の麦わら帽子のような形をした、指先をくるくるして遠心力で回すようなものだったことがわかります。

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time.comの記事より、Catherine Hettingerさん考案のスピナーを持つ、孫のChloeさん。(このスピナーの復刻プロジェクトが現在KickStarterで出資募集しています)

このことはすでにBloombergにより報道されており、Catherineさん本人も「私のことは単に『Wikipediaが発明者と主張する人』と呼んでほしい」と答えています。現在ではWikipediaもこの情報をもとに更新されています。


では今のハンドスピナーを作ったのは誰なのか。発明者の記述のある情報源はどれもCatherineさんが発明者となっており、残念ながら今回調べた限りでは、現在のハンドスピナーがどこから生まれたのか判明しませんでした。

ちなみに先にご紹介したThingiverseの初期の投稿も、第一発明者だとは思えません。世の中に初めて出す発明品にしては説明が淡白すぎるし、同じようなものが3日間立て続けに投稿されたという事実は、そのまえにハンドスピナーの情報を紹介し人々に知らしめた何らかの情報源の存在を予感させます。さきほど自作スピナーシーンをアンダーグラウンドシーンに例えましたが、ハンドスピナーを「育てた」のはともかく、「発明した」については正確ではないでしょう。

余談2:日本でのブームの発端

さらに余談ですが、日本ではどういう経緯で流行りだしたのでしょうか。自分の感覚ではものすごく急というか、ある日を境に突然、流行り始めたような印象があります。

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ハンドスピナー」の推移

5/2よりちょっと横のところ、5/8~5/9の間で急上昇しています。日付から察するに
togetter.com
このTogetterまとめで火がついたものと思われます。誇張でなく本当に一夜にしてブレイクしたようです。

ちなみにもっとさかのぼると3/28に小さな山がありますが、これはYoutuberのセイキン氏がハンドスピナーを紹介している日付と一致します。

買い物コーナー


Amazonで一番人気のやつ

ベアリング

かわいい…!

このタイプ新しい(ボールが遠心力で吹っ飛んでいきそうで怖い)

[備前焼] 壺 (桐箱付き)

[備前焼] 壺 (桐箱付き)

Amazonで「ハンドスピナー」で検索すると出てくる最高額の商品(なぜ?)

久しぶりに調べたら3Dプリンタ3万円切ってた

自動レベリング付きで27,000円は異常

※3Dプリンタは安かったから貼っただけなので各自よく調べてから買いましょう