7月と9月に立て続けに電子工作の入門本が出た。
7月に出たのが、「無駄づくり」をコンセプトに活動する藤原麻里菜さんの「無駄なマシーンを発明しよう! ~独創性を育むはじめてのエンジニアリング~」
つい先日出たのが、電子工作とストリートカルチャーの融合を図るギャル二人組ギャル電の「ギャル電とつくる! バイブステンアゲサイバーパンク光り物電子工作」
この2冊がほぼ同時に出たのってすごいことだなと思っていて、個人的にはここで時代がカチっと切り替わったなという印象がある。
それを皆様にも感じていただきたいというのがこの記事の趣旨です。
※ちなみに筆者の立場を先に書いておくと、本の著者とはいずれも親交がありますが、ここで本を紹介することによる利害関係はありません。
十年前、電子工作はすぐ怒られる趣味だった
電子工作という趣味は面白くて、自分で変なデバイスを勝手に作ったりできる。
いかに楽しい趣味であるかは以前書いたこの記事を見てほしい。
楽しい趣味ではあるのだけど、この業界(?)って一種独特の雰囲気があって、かつてはそれが初心者にとっての参入障壁になっていた。やっているとなんか知らんがやたら怒られるのである。その雰囲気については過去の記事から、少し引用する。
電子工作の熟練者は学校や仕事で技術を覚えた人が多いため、技術のない者は「さぼっている」「勉強すべき」と捉える傾向があります。また、純粋なホビイストと比べてガチで勉強し短時間で技術を身に着けているため、自身が初心者であった時間が短く、初心者に感情移入しにくいです。そのため初心者が低レベルな質問をすると、「そんなこともわからんのにやっているのか」という感じですぐ怒られます。
危ないことをやっているならまだしも、質問しただけで怒られるのは意味がわからないし、作品をWEBに載っけるとすぐ「この部品をこんな使い方をするとはバカか」みたいな文句がついたりもする。初心者のモチベーションをそぐ雰囲気があった。
しかしここ10年ちょっとの間に3つほどインパクトのある事件があって、その状況もかなり改善されてきている。
一つ目は「Makerムーブメント」と呼ばれる世界的なDIY活動が起きたこと。3Dプリンタ等の機材と一緒に、ArduinoやRaspberry Piなど、初心者の扱いやすい電子部品がたくさん登場した。また日本ではオライリージャパンの主催するMaker Faire Tokyoという作品展示イベントが大きく育ち、初心者が作品を作って展示するという行為を普通のことにした。
二つ目は、IoTブームでソフトウェア業界から多くのハードウェア初心者が流入したこと。初心者の人数が増えることで怒る人の手が回らなくなり、全員に怒ることができなくなった。
三つ目が、今回紹介する2冊の本の登場につながる話。雑に電子工作をやるという界隈の出現である。
雑に電子工作をやるという界隈
なにごとも起源をたどると不毛な論争が始まってしまうものだが、個人的にはこの界隈の発祥はWEBメディア周辺だったと思っている。(自分が当事者なので思いっきり贔屓目はあると思う)
僕がデイリーポータルZで醤油かけすぎ機とか、さっき貼ったメガネに指紋をつける装置とかを発表していたのが2000年代前半。
つい自分の作品を最初に出してしまったが、自分がオリジネイターであると言いたいわけではなくて、当時は同時多発的にこういう作品が生まれてくる状況だったと思う。
「無駄なマシーンを発明しよう!」の著者の藤原麻里菜さんはそのころYoutuberとして「歩くとおっぱいが大きくなるマシーン」を作っていて
www.youtube.com
これ自体は電子工作ではないんだけど、この後すぐに電子工作に手を出し始める。
あと現オモコロ編集部のマンスーンさんがハイエナズクラブというサイトで「からあげくんロボ」を作っていたのもこの頃。
若干時期はズレるが、太鼓を叩くクマのおもちゃをめちゃくちゃ速く改造していたのも一緒に語っていいと思う。
太鼓を叩くクマのおもちゃにプラズマダッシュモーター入れて12Vで動かしたらめちゃくちゃ速くなったhttps://t.co/K5xmO4OxYP pic.twitter.com/isKP6eSm0t
— 🌴 (@mansooon) 2016年3月18日
この界隈の特徴としては、「電子工作をふざけて作る」「めちゃくちゃ雑に作る」「技術のことがよくわかってない」をすべて満たしていること。列挙してみるといかにもこれは怒られるわという感じの属性の人たちであるが、反面で成果物としては面白い作品をたくさん生み出していた。
「雑」はなぜ生まれたのか
さて、電子工作をふざけて作るだけであれば、たくさんの偉大な先人たちがいた。彼らはニコニコ動画にてニコニコ技術部と呼ばれていて、初期のMaker Faire(当時はMake: Tokyo Meeting)でも大きな一角を占めていた。
彼らを称賛するときに使われる言葉に「技術力の無駄遣い」というものがある。それが示すとおり、実際に技術力が高い、本業のハードウェアエンジニアだったり研究者だったり、しっかりした技術を備えている制作者(うp主)が多かったように思う。そういったしっかりしたバックグラウンドのある人たちが、どうでもいいことに全精力を注ぎこむところにおかしさがあった。
それと比して「雑」界隈の「めちゃくちゃ雑に作る」「技術のことがよくわかってない」は対称的であるのだが、なぜこんなことになったかというと、理由のひとつにニコニコ動画にはない「締切」の存在がある。
当時、僕は編集者の仕事は別にありながら2週に1本の締切を抱えていたし、藤原さんはYoutuberとしてそれ以上にハイペースでの動画投稿を求められていた。そういった状況の中で自然と「バッと手早く作ってバッと出す」創作スタイルになった。あとは技術スキルの面でもじっくり勉強してからネタにする余裕はなく、「とりあえず一つなにか覚えたら作品化して出す」みたいなかんじで、とにかく低い技術力でも次々と作品を出していく必要があった。
……などと書くとまた不真面目な印象に磨きがかかるが、言い換えるとこうだ。我々は技術を学びたかったのではなく、新しいものが作りたかった、そのツールとして電子工作を使っただけなのである。
界隈の増殖とヘボコン
そうこうしているうちに、界隈は大きくなっていく。
WEB業界ではオウンドメディアの流行があって、ようは企業運営の読み物メディアが爆発的に増えた。そうすると同業者で同じように雑に電子工作を作る人たちが増えてきた。
デイリーポータルZ内でも電子工作をやるライターが増えて、たとえばライターになる以前はわりと作り込んだ感じの作品を作っていた爲房新太朗さんが(締切に追われて)雑な電子工作を量産するようになったりした。ようこそ!
あとは「Twitterでバズる」みたいな概念が一般化することによって、(ニコニコ動画のように一本入魂でない)ちょっとした作品をパッと作ってパッとアップする人が増えてきた。
こうして色んな要因があり人も増えたので、「界隈」とひとまとめに呼ぶことはむずかしくなってきた。むしろシーンとか、ムーブメントみたいな呼び方をしてもいいのではないか。とにかく雑に電子工作を作る人たちが増えてきたのである。
あと僕は僕で2014年に「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」という活動を始めた。
これは締切に追われる形で雑に電子工作をやってきた/やっている人たちを見てきた僕が、「雑に作ること特有の面白さ」「できない人が無理やり作ること特有の面白さ」みたいなものがあることに気づいて、立ち上げたイベントである。
「上手くいかなさを楽しむ」ことを基本コンセプトにしていて、その思想についてはこちらに詳細に書いてある。手前味噌にはなるけれども、これにより、初心者であること、完成度が高くないことを肯定的にとらえられる土壌を作れたと自負している。
「無駄づくり」という慈愛
……本の紹介をしようとしていたのに俺は自分の話ばかりしていないか?
なんか自分が「雑」界の先駆者であるかのように書いてしまったが、実際のところ僕はここ数年で新作を数えるほどしか作っていないし、とてもシーンを代表できる存在ではない。
いっぽうで当時から現在に至るまで圧倒的に多作で、シーンを牽引しているのが藤原麻里菜さんなのである。作品制作以外にも台湾で個展を大成功させたり、総務省の異能vationに採択されたり、圧倒的に活動量が多い。
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↑近作、彼氏。
彼女が活動初期からずっと掲げているコンセプトが、彼女のYoutubeチャンネルの名前でもある「無駄づくり」だ。
「無駄づくり」というコンセプトについて、本の前書き部分にこう書かれている。
無駄を大切にすることは、失敗を広い心で受け入れることなのです
ふつうは失敗になるものも、「無駄づくり」では大成功
失敗が成功になることで、世界はもっと楽しくなる
技術力の低い人が雑に電子工作を10年近くやってきて至った境地であると思うと、人間という生物が持つ自己肯定力のたくましさに驚く。しかしそれと同時に、これは多くの人を包み込み、救う言葉でもあるのだ。特に最後の「失敗が成功になることで、世界はもっと楽しくなる」にいたっては、電子工作初心者のみならず、すべての人類を祝福する言葉であると思う。
かつて、電子工作は初心者が生半可に手を出すと怒られるものであった。
しかしいまは違うのだ。牽引者がこれほどの寛容さと包容力を持っている電子工作シーンが存在することに、まったくの新時代の到来を感じざるを得ない。そしてそれを作り上げてきたのもまた、彼女自身なのである。
(余談)僕はヘボコンで技術力や完成度の低さを肯定するための言葉として「ヘボい」を選んだのだけれども、彼女は「無駄」を選んだ。
こうして言葉のチョイスは違えど、たどり着いた「成功だけを価値としない」思想は似ていて、僕は勝手にシンパシーを感じている。
ギャル電とストリート感覚
では、もう一冊の本の著者、ギャル電とは何なのだろうか。
ギャル電は電子工作をするギャル二人組のユニットだが、そのうち僕はきょうこさんと親交があり、まおさんとはイベントで少し話した程度である。なのでここではきょうこさんについての言及がメインとなる。
彼女も雑シーンの人ではあるが、ネット出身の僕や藤原さんとはちょっと出自が違う。
2014年に開催したヘボコン第1回で、出場者として来てくれたのが当時未経験者だったきょうこさんだった。
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↑これは朝日新聞の動画だが、冒頭に出てくるクルクル回るロボットがきょうこさんの「ポールダンスロボ」
このとき、きょうこさんは朝日新聞の取材に
「前から作りたいと思っていて、これならヘボくてOKだし。案外、線をつないだら動くよ」
と答えていた(記事に出ていたがもう消えてしまった)。このよく言えば全く気負っていない、悪く言えば完全に工作をなめている感じが、めちゃくちゃ良いなと思った。すべてのビギナーのスタンスはこうであってほしい。
それからなんか電子工作を始めたなと思ったら、まおさんという相方に出会い、ギャル電という看板を掲げ、ナイキのCMに出たりアシックスとコラボしたりして、あれよあれよという間に有名になっていった。
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↑アシックスとのコラボ動画
藤原麻里菜さんは(あまりこういうことは言われたくないかもしれないけど)努力家である。とにかく仕事量が多いし、技術的にも今では電子工作以外にも3D造形とかずいぶんいろんなスキルを身に着けて、しかも英語と中国語まで同時にモリモリ勉強している。端的に言ってめちゃくちゃえらい。
それに比べるときょうこさんはすごく享楽的で、好奇心に突き動かされて動いているように見える。先日久しぶりに会ったところ、発生する乱数の偏りでお化けを探知するオカルトデバイス、ゴーストディテクターの話を1時間くらい延々話し続けていた。何年か前にはブッダマシーン(念仏を再生する装置)のチップがAliexpressで見つかったと言ってその場にいた人全員に配っていた。
いつ会っても何か彼女的にホットなトピックがあって、その話を延々している。
↑ゴーストディテクターについては後日fabcrossで記事になっていた。サンバイザーが赤く光ると乱数が乱れている=霊がいるらしい
世の中には広く勉強してから何かを作るタイプの人と、作るために必要になってから必要なものだけを勉強するタイプがいると思うのだけど、彼女は完全に後者である。一緒にいると、興味があることだけをやるぞというスタンスがビシビシ伝わってくる(その興味が異常な方向に向いていることが多いのがまた面白いのだが)。
それだけに、持っている技術もノウハウも、極端に実用に特化されていて、驚かされることがある。
PCとマイコンボードをつなぐmicro USBケーブルはなんか目立つやつを書き込み用に用意しとくとケーブルが充電しかできないタイプで書き込みできないトラップ回避できるやつー🪤🪤https://t.co/mjuzXR9yYi
— ギャル電 (@GALDEN999) 2021年9月2日
↑最近スゲーと思ったノウハウ。ギャル電のTwitterはこういう実用的な情報が惜しげもなく流れてくる
ギャル電はよく「ストリートの電子工作」と言っているのだけど、あれは単にキャラづくりで言っているだけではなくて、きょうこさんのこういう実用本位のサバイバル志向の知識や知恵は完全にストリートのそれだなという感じがする。
また、そういうつまみ食い志向なので技術スキルとしては完全体でなく、ちょっといびつなのもおもしろいところだ。先日はテレビの撮影現場で会ったのだけど、不具合を起こしたArduinoのソースコードを勘でコメントアウトしながら「こんど電子工作の本出すんスよ~」と言っててめちゃくちゃ笑った。言ってることとやってることの不一致よ。
(本の信頼性が落ちるといけないのでフォローしておくと、まおさんの方は工業大学の院生でむしろちゃんとした技術者だし、きょうこさん自身もちゃんと自分でコード書いてます!)
雑な先輩と、ものづくりの大衆化
そんな感じで、藤原さんもきょうこさんもいわゆるエンジニアリング畑の出身ではない、ふざけやノリで電子工作をやってきた人たちである。そういう人たちが電子工作の本を出してお手本になり、新たな電子工作趣味のエコシステムを構築し始めている。その脈動を強く感じるのだ。
僕も彼女たちも、電子工作を目的ではなくツールとして使ってきた。軸足を別のところにおいて、ツールとして電子工作をさっと使う、そういう使い方をする新世代が今後どんどん増えていくのではないかという気がしている。
(あるいはこの文脈において「電子工作」という言い回しは大仰すぎるのかもしれない。「ハードウェアをちょっといじる」くらいの感じ!)
あと、もうひとつ注目すべくは「雑にやること」と「入門」の相性の良さについてだ。
雑にやってきた人は手持ちの技術が少ないし、しかしながらその少ない技術を使い倒していろんなバリエーションの作品を作り出すことに長けている。
それは電子工作入門というフレームに当てはめると「初心者でも少し覚えればいろいろな作品が作れる」ということにつながる。雑な先輩の元では長期的な成長はできないが、スタートを切るには最適というか。
それが浮き彫りになった2冊だと思う。
かつてMakerムーブメントはものづくりを民主化したと言われたが、彼女らの手によっていま巻き起っている第二波は「ものづくりの大衆化」と言ってもいい。
この2冊が同時期に出たのは全くの偶然だと思うけれども、すごくインパクトの大きなことが起こっているような気がするのだ。
電子工作に興味がある人は、ぜひ両方買って読み比べてほしい。俺のアフィリエイトリンクから。
それぞれの本のいちばん好きなページ
藤原麻里菜さんの電子工作本「無駄なマシーンを発明しよう」読んでいますが、ショートの説明が写真入りで最高
— メルセデスベン子 (@nomolk) 2021年8月31日
かなり煙出てる pic.twitter.com/FeYPoDuiv2
ギャル電の電子工作本、「まずは光らせたい」「もっと光らせたい」「完」って感じで欲望がめちゃくちゃ明確で笑ってしまった pic.twitter.com/zN3SnhjClw
— メルセデスベン子 (@nomolk) 2021年9月16日
おまけ:告知です
もはや電子工作とか関係なくなってきて、レベルの低さを楽しむだけのイベントをやるので見てください。
9/26(日)にカルカルで予定しておりましたイベント「ヘボコン7周年トークショー」&「レベルの低いルーブ・ゴールドバーグ・マシンコンテスト審査会」はオンラインイベントになりました。カルカルから生配信でお送りします。https://t.co/88mS7yLCOj pic.twitter.com/bNvfAyStHy
— デイリーポータルZ (@dailyportalz) 2021年9月16日