※この記事は論旨に甘いところがありあとで読み返してみるとやや恥ずかしいのですが本題以外のところがとても気に入っているので引き続き公開しております
東京メトロのやつさ、ああいうキャラ絵のコンテクストでの表情とかポージングってキャラの性格や属性を表すものであって、現在の精神状態や行為を表すものではないから、恍惚としてるように見えるとか誘っているようなポーズだとか言われててもピンとこないオタクがいるのはわかる気がする
— メルセデスベン子 (@nomolk) 2016年10月19日
オタクはエロい絵を普段から見すぎていて感覚が麻痺しているからあれがエロくなく見えている、みたいなことではなくて、萌え絵の記号表現が先鋭化しすぎていて一般人の読解力と解離しているのだと思う
— メルセデスベン子 (@nomolk) 2016年10月19日
駅乃みちかさんが萌え絵になったイラストが性的か性的じゃないかで揉めている人たちがいたので、それを見た感想を書きます。
このエントリの目的はどちらが正しいみたいな話をしたり僕の意見を表明することではなくて、なぜこのような見解の違いが発生するのかを考察することです。
2000年代エレクトロニカシーンとグリッチ
急に関係のないトピックが出てきてびっくりしたかと思いますが、ちょっとこれを聴いてください。
これ僕が大学時代にめちゃくちゃ聴いたアルバムの曲なんですけど、客観的に見て、ただのノイズじゃないですか。バミバミバミキューーーーゴゴゴゴゴゴ。デパートのBGMで流れてたら絶対苦情くるやつです。
ここで、amazonでこのアルバムのレビューを見てみましょう。

- アーティスト:Oval
- 発売日: 2000/06/20
- メディア: CD
すぅっとBGMとして流して聴ける
この心地よさといったら・・・
いい夢が見られそうです。
「駄目だこいつ…早くなんとかしないと…」という感じがしますね。頭と聴覚のおかしい人たちの集まりです。
で、ここからしばらくはざっと読み流していただければいいです。これはOvalっていう人が2000年に出したovalprocessっていうアルバムに収録されている曲で、ジャンルでいうとエレクトロニカに括られていました。Ovalはマーカス・ポップっていうドイツ人の一人ユニットで、CDにマジックで落書きをして音飛びさせることでリズムを作るという手法で有名でした。その話だけ聞くと、エラーの偶発性を重視するジョン・ケージ的なコンセプトかと思ってしまいがちですが、実際のところこの手法は単にビートの生成方法として用いていただけのようで、このスキップノイズもあとでソフトウエアを使ってゴリゴリに編集していたようです。
ただこのアルバムは別の意味で非常にコンセプチュアルです。そうしたマーカス・ポップ自身の音楽制作作業をソフトウェア化した、ovalprocessという(アルバムと同名の)ソフトウェアが開発され、そのソフトウェアを使用してこのアルバムは製作されています。こうすることで理論上は誰でもこのアルバムを製作することができるわけで、当時のライナーに「作家と作品を切り離す試みである」というようなことが書かれていたように思います。
音楽の自動生成それ自体はありふれたコンセプトですが、一般論としての「音楽」を生成しようという試みは数あれど、特定の作家が自分の音楽製作プロセスをソフトウェア化しようという試み、かつそれを完成させてアルバムとして発表するまでに至った事例というのは僕が知る限りあまりないように思われます。
さらに、このアルバムを離れてoval自体についても少し話をすると、こうやって故意にエラーを発生させたりして不具合を生成するやり方、いわゆるグリッチと呼ばれる手法なんですが、Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%AB によるとOvalはその発見者であると書かれています。これは文献によって見解に違いがありますけど、少なくともグリッチという手法の普及に彼が一役買ったことは間違いないです。以降エレクトロニカと呼ばれるジャンルの音楽では定番の手法になり、用語の意味を少しづつ変遷させつつも
こういう多彩な音楽を生み出しました。後にはほかのジャンルにも多大な影響を与えて、グリッチホップなんていうジャンルもできたりしました。
ここまでの背景を知ったうえでもう1回最初の曲を聴いてみてほしいんですけど、最初にただのノイズに聴こえた人も何となく音楽っぽい感じがしたり、ちょっと価値があるような感じがしたりするのではないでしょうか。そこからエレクトロニカシーン全体に見識を広げていき、さらにもっといろんな情報をどんどん知っていくと、グリッチノイズに脳が侵されてamazonのレビューに「この心地よさといったら・・・」と書くような末期的な病態に突入してきます。
こうなってくるともうバミバミバミキューーーーゴゴゴゴゴゴみたいなのをきくだけで、ああ何年くらいのどの国のどこどこ界隈の人かな、とかなんとなくわかるようにもなってきます。
アニメオタクと一般人の違い
このように作品を理解するには前提知識が必要で、立ち絵の一枚をとってもそれは同じことです。アニメオタクの人はアニメ絵に対しての前提知識がすごいので、立ち絵1枚から膨大な情報を読み取ることができます。エレクトロニカで一番大事な情報って手法とその継承の仕方だと思うんですけど*1、アニメや漫画のキャラにとってのそれは、記号的表現じゃないでしょうか。「髪型が縦ロールだったらお嬢様」「ツインテールは勝気」とかそういうやつです。アニメ絵は記号的表現の塊なので、ただ立ってるだけの絵でも読み取れることがめちゃくちゃあるんです。
微妙な表情やポーズの違いで、キャラの性格が表現されています。
しかも絵というのは写真と違って人がすべて描いているので、表情からポーズ、衣装の一つ一つまで偶然が介入する余地が少なく、すべて何らかの意図をもって、記号的表現を込めてデザインされています。すごい密度の情報が入っています。それを読み取れるのがアニメオタクの人たちです。*2
エロく見える人はなぜエロく見えるのか
ただそれらの記号的表現の読解は膨大なアニメ視聴体験に支えられているものであり、アニメを見ない人には解読できない概念です。なので、アニメを見ない人はそこを全部読み飛ばしたうえで、残ったものが「恍惚とした表情の若い女性がクネクネしている絵」に見えてしまう。
そうなった場合に、それが性的に感じられるというのはアニメオタクの人にも想像可能かと思います。例えば急に友達から電話がかかってきて「目の前で恍惚とした表情の若い女性がクネクネしてるんだけど!!」とだけ伝えられたら、そこから性的なニュアンスを汲み取るのではないでしょうか。情報がないというのはそういうことです。
エロく見えない人はなぜエロく見えないのか
下書きで一晩寝かせている間に先を越されましたが、せっかくなので続けます。
先ほどは前提知識を持っている人が少ない例としてグリッチを挙げましたが、今度は大多数の人が前提知識を持っている例を挙げます。ルネサンスです。
「ミケランジェロのダビデ像あるじゃないですか、あれ性器見えてるしめちゃくちゃリアルに彫ってあるしやばくないですか?ミロのヴィーナスも性器を貝殻で隠していて、誘っているようにしか見えないですよね。」
というようなことがなぜ言われないかというと、みんなが美術史について教育を受けていて、ルネサンスのことを知っているからです。「ルネサンスにより、宗教画のがんじがらめのフォーマットに従うのではなく、写実的な表現ができるようになった」という前提知識があるからです。そこまで知らないにしても、「あの全裸(または半裸)は美術品であってエロいものではない」という知識があるからです。それと同じように、アニメに詳しい人たちは前提知識があるので、あの絵がただのエロ絵に見えにくくなっています。
具体的に言うと、ああいう立ち絵の表情というのは一般的にキャラの性格や属性を現していることが多いです。精悍な表情をしていれば勝気で独立心が強いとか、無表情ならクールで無口とか。怒ってるような表情のキャラが出てきたからといってそのキャラが怒ってるということではなくて、ツンデレ設定のキャラです、ということです。
アニメ絵の文脈に沿ってそういう読解をしてしまうのが、アニメオタクの人たちです。なのであの絵が恍惚としたような表情に見えても、彼らにとってそれは「恍惚としているシーンである」ことにはならないのです。なぜなら立ち絵のキャラの表情は、現在の状況や行為を表すものではなく、設定を表すものだからです。ポーズ含めてあれが表しているのは、「ちょっと恥ずかしがり屋で自分に自信がない感じがして、駅員としては新人または後輩キャラ」みたいな感じなんじゃないでしょうか。(僕のアニメ経験値が低いので自信がないですが多分)
逆にアニメの知識がない人から見たらただの「恍惚とした表情の若い女性がクネクネしている絵」なので、それをエロくないとか言ってる人を見ると「駄目だこいつ…早くなんとかしないと…」ということになるわけですね。
まとめ
ovalの音楽と、エロく見える萌え絵は、よく似ています。どちらも理解できる人にとっては情報が豊富に読み取れるけれども、理解できない人にとって生理的不快感をもたらします。
東京メトロがあのキャラ絵を公衆の場で使うとしたら(そもそも本件はそういうことではないみたいなのですが、仮にそうだとして)それはovalをデパートのBGMにするようなものです。経験値の高い人にとってはちゃんと意味のある表現であっても、そうでない人にはただのエロ絵/ノイズだと思われる可能性があるということです。さらにいうと、アニメの知識はルネサンスの知識ほど一般常識として認められていないので、それを皆が持っている前提で公衆に出す/出さないの判断をすべきではないかもしれません。最後に残るのは結局TPOの問題です。
いずれにせよ、対立の中心にあるのはここでも文化の違いでしかないので、「オタクはエロ絵ばかり見ているからエロの感覚がマヒしている」とか、「エロいと思ってみるからエロく見えるんだ」というような短絡的な意見はあまり意味がないのではないかなと思いました。(感想)
個人的な見解
じゃあお前の意見はどうなんだという話になるかと思いますのでこのTweetをもって回答とかえさせていただきます。
スカートの影の付け方とかはやりすぎと思ったけど、このポスター見たときに、これがネットスラングで言うところの公開処刑ってやつか、と思ったのでキャラが可愛くなること自体はいいと思う pic.twitter.com/UHv74B7Esf
— メルセデスベン子 (@nomolk) 2016年10月19日
おまけ
最後にovalのアルバムをいくつかご紹介してから締めます。
95年発売の、名盤といわれているアルバムです。Pitchforkが選ぶ90年代ベスト100アルバムにも選出されています。ovalprocessの頃と比べるとこのころは認識できる形で器楽音が入っていたりします。年代的に、エレクトロニカというよりアンビエントっぽさを感じるところも。

- アーティスト:Oval
- 発売日: 2000/06/20
- メディア: CD

- アーティスト:Oval
- 発売日: 2001/05/22
- メディア: CD
ノイズ的な手法は残しつつも、器楽音や生ドラムなどもフィーチャーされており、よりカラフルでポップな仕上がりです。
以前のストイックな作風からは一変して、これ以降のovalはどんどんポップさを増していきます。そして今年リリースされた最新作です。手法としてのグリッチ遣いは健在のまま、曲調は普通にダンスミュージックとして機能するものに変化しています。
いまや巷のダンスミュージックでもグリッチは珍しい手法ではないので、時代とoval、双方が歩み寄った結果の収束点がこう言ったサウンドだったのかもしれません。
デパートのBGMはまだ厳しいかもしれませんが…。
あとは南米のシンガーたちとコラボレーションした異色作「Calidostopia!」というのがあり、amazonにはありませんでしたがこちらも非常に面白い作品です。